CHAPTER雪の日

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CHAPTER雪の日

『今日大雪だって』 唐突のライン。 知ってるし。 今日はテレビもネットも雪の情報で大荒れ。 彼は相変わらずのバイト中。 『今日は夜勤』 “夜勤”って、深夜シフトだよね。 思わず笑ってしまう。 『じゃ、電車動かないけど心配いらないね』 嫌味を込めてそう送る。 想像つく。 コンビニの自動ドアが開くたび、 お客と一緒に入ってくるわずかな雪とがっつりな冷気。 彼は思わずちょっと嫌な顔をしてしまうのだろう。 まぁでもこんな雪の日は、お客も少ないだろうけど。 『寝るなよ,凍死するぞ』 ぷっ! 彼なりの反撃なんだろうけど思わず笑ってしまう。 うちのファンヒーター電池だし。 万が一停電してもあったかいし! 心の中でそう呟く。 『うん、おやすみ』 返信はない。 私はそのまま布団をかぶって瞳を閉じた。 “どん!” 窓をたたくような音に目が覚める。 何?! カーテンを開くとアパートの駐車場に—雪だるま—。 “どん!” 私の目の前の窓に、雪の塊がぶつかる。 それが飛んできた方向を見ると、彼がいる。 その手には雪玉。 ったくなにやってんの。 「おきた?」 いや、普通に玄関から来いし! よく見たら駐車場の雪は彼のスニーカーに踏みつぶされている。 いつからいたの…。 すぐにカーテンを閉めてやる。 すぐに足音が遠のいて、反対側の玄関の方から近づいてくる。 “ピンポーン” わざとらしくチャイムが鳴るので、 のそのそとドアを開ける。 ガチャ、 ドアが開くのと同時に、冷たい空気に包まれる。 「手、冷たい」 背中に回された彼の手のひらの形に冷たさが広がる。 「手だけじゃない」 そいう言うと、彼は自分のほっぺを私のにくっつける。 「ひゃっ…!」 思わず小さい悲鳴がもれてしまう。 「靴もびしょびしょ」 そう言いながらスニーカーを脱ごうとする彼。 「ちょっと待って」 私は慌てて彼から離れ、タオルを持ってくる。 「これ」 「ありがと」 せわしなく靴と靴下を脱いで、 当たり前のように浴室に向かう。 シャワーの水音を聞きながら、 私は彼の着替えを用意してから、 キッチンでお湯を沸かす。 「はぁ」 盛大にすっきりした顔をして、タオルで髪を拭きながら、 彼がリビングに現れる。 「ココアでいい?」 「うん」 ローソファーに腰を下ろした彼のもとに、 お湯を注がれたココアを運ぶ。 「ありがと」 湯気で香りを確かめて、 ゆっくりとマグカップを口に運ぶ。 「はぁほどける」 満足そうな彼の横に座る。 「ここまで来るのも大変だった」 一変して不満げに言う彼。 いやいや、さっきまで雪遊びしてたじゃん。 「寒かったの」 そう訴えてくる。 「いや、お風呂入ったじゃん」 なんならココアもあったかいでしょ? 彼は何も言わずにもう一口ココアを口に含む。 そのまま私に覆いかぶさる。 「…あ、ちょっと…」 重なった彼の唇から、私へとココアが流し込まれる。 「…う…ん」 まだ冷たい唇から流し込まれる暖かいココア。 味わう暇もなく、ほのかに冷たい手のひらが脇腹に滑りこむ。 「あったか…」 私の体温を奪って暖かくなっていく彼の手。 「…つめたい…」 正反対の言葉を吐き出した私の唇は、 有無を言わさずふさがれて、 まだ口内に残るココアの香りごと絡めとられる。 その甘さがわからなくなるほど、 甘く深くほどかれていく。 雪の日の彼と私。
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