CHAPTER雨の音

1/2

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

CHAPTER雨の音

「—ッ!」 はぁはぁ… 夜中にガバッと起き上がる。 また、あの夢…。 あてもなくはだしで夜の街を歩き回る。 わかっている。 私はもう大人だし、 安心できる場所もある。 なのに— まだ繰り返し掘り起こされる記憶。 …雨か…。 カーテンを開けて窓を打ち付ける雨粒を確認する。 まだ心臓がうるさい。 熱いくらいのシャワーを頭から全身に浴びて、 それでもまだ落ち着かない気持ちを、 暖かいココアでうめる。 「はぁ…」 ようやく末端まで温まる。 ふと脳裏に浮かぶあの笑顔。 —会いたい。 その衝動に動かされて着替えて髪を整える。 ショートのレインブーツに、 彼がくれた七色の縁取りのビニール傘をさす。 「いらっしゃいませぇ…あれ」 「ども」 「いらっしゃい」 一瞬驚いたようにした後すぐにスマイルをくれる。 節電営業のくせに彼のようにまぶしいコンビニの灯り(あかり)。 しばらく彼を見た後ふと気づく。 わたし…買いたいものなんかない。 「コーヒーかミルクティーいかがっすか?」 そんな私に彼は問いかける。 「あ、はい…」 痒い所に手が届く。 私ははじかれるようにレジに進んで、 「じゃ、あったかいミルクティーで…」 「ありがとうございます」 「…あの、えっと」 「イートインは店内右奥ですよ」 知っている。 でも言いよどんでいる私の気持ちを先回りしてくれる。 こういう時の彼はほんとに尊敬してしまう。 『それはね、“愛”なんだなぁ』 と普段はおちゃれけていう彼をにらんでやり過ごすけど、 その“愛”に私は確実に救われている。 「持ってくから座ってていいよ」 「あ、うん、ありがとう」 道路に面したそのカウンターに腰を下ろす。 「はい、お待たせしました」 コトン…とカウンターに紙コップが置かれる。 「…ありがと」 紅茶と一緒に香る彼のにおい。 「結構降ってきたねぇ」 ウインドー越しに彼が外を見ているのがわかる。 「うん」 沈黙も心地いい。 深夜のコンビニは意外にも誰も来ない。 きっと雨のせい。 私はゆっくりとミルクティーを体の中に流し込んで、 そのぬくもりをしみこませていく。 「…帰る…ね」 「あ、うん。ありがとうございましたぁ」 まだ真っ暗な外の世界。 車のライトが不定期に通り過ぎる。 外に出て、傘をさす。 一度空を見上げてから、思い切って濡れた地面に一歩を踏み出す。 2.3歩歩いたところで— 「ねぇ」 そう声をかけられて振り向く。 彼が小走りに私のかさに入ってくる。 忘れ物をした記憶もない。 でも彼はちょっと私を見つめた後… 優しく唇を重ねてきた。 「…っ…!」 耳まで熱くなる。 「早く帰るから」 そう言うと唖然とする私をそのままに、 また小走りで後ろ手をふってコンビニに消えていった。 「…もう…」 私はそっと唇に触れてみた。 大きめの雨粒がビニール傘をたたく音が、 私の心臓の音をかき消してく。 彼はいつもそう。 こうやって私の苦手なものをどんどん消していく。 あぁ、雨の夜も悪くない…。 そう思いながら、アパートへ向かう。 早く朝になれ…。 彼の帰りが待ちどおしい。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加