生理的にダメになりました

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生理的にダメになりました

 その夜は、週に一度の夫婦の夜。  いつもなら、一週間ぶりにシャルフィの部屋に来るリウトに、もどかしいながらも喜びを感じるのに。  その日は、何故だか少し気分が乗らなかった。  あんな夜会の場の些細な一言に振り回されるつもりはない。だからそれが理由ではない。けれど、心が上を向こうとしない。  月のもので体調がすぐれない時だって、リウトが温かな手を腰に当ててくれるだけで、安心してぐっすりと眠れたのに。 「シャルフィ、いい夜だね」  この部屋に来る時、リウトはいつも完璧だ。いや、シャルフィが見るリウトはいつもだ。  今も、風呂上がりの寝間着姿であることと、うっすらと石鹸の香りだけを纏っていることを除けば、初めて会った日の完璧な麗しき騎士姿と遜色ない。  結婚後、リウトは子爵家の運営に忙しく、護衛の任は外れている。代わりにシャルフィには護衛の術を身につけた侍女が二人交代でついている。鍛錬の時間も限られているはずなのに、体つきは逞しさを失っていない。むしろ、若い頃の少年らしい細い線が失われて、体の厚みが増したせいで、逞しさは色気とともに増した気がする。  シャルフィは、その体が暗がりで艶かしく陰影を帯びて動くところを想像して、思わずついと目線を逸らした。 「姫?」  これは、機嫌を損ねたシャルフィを宥める時の、甘やかしの呼び名。  いつまでも姫、つまり子供扱いであることが、今夜はことさら気になった。  シャルフィの手を取った大きな手は、まだ湯の気配がしてしっとりとしていた。剣を握り、日々紙とペンとを扱う手指のはずなのに肌が固すぎないのは、きちんと手入れをしているから。そんなところも、完璧だ。  腰を屈めたリウトが、上目遣いにシャルフィを見つめたまま指の先にそっと柔らかく吸いついた。ほのかな温もりだけを与える、行儀の良いキス。  ここでシャルフィが手を握り返せば、閨に応じるという合図になる。  今まで六回ほど、手を引き抜いて横を向いたことがある。月のものの直前など、気持ちが酷く棘だらけの夜などに。  だから知っている。そうすれば、リウトはシャルフィを寝台へエスコートし、掛布をかけて寝心地を整え、シャルフィが望めば寝付くまで腰を温めたり寄り添って、望まなければおやすみだけを残して、自室へ戻る。  決して自分の希望も欲も出さない。  何故か、考えないようにしても、考えてしまう。そして考えれば考えるほど、リウトはシャルフィに忠実な騎士だからだ、という答えが浮かんでくる。  忠実に夫の役回りを演じる、職務中の騎士。  すべてを等しく冷たく照らす、温度のない月。  シャルフィは、心に満ちる恋の香りが、どろりと粘つく不快なものに急に変わってしまう気がしてギュッと目を瞑り、騎士の手を強く握った。  リウトは、その手にもう一度口付けると、シャルフィを寝台へ誘った。  いつもと同じ順にシャルフィの寝間着を脱がせ、いつもと同じ順にキスを落とし、いつもと同じように、大きな手と太い指と熱い舌で、シャルフィの全身を愉悦の湖にどぷりと漬け込んだ。  指の先から解けて崩れ、揺蕩う水の流れに同化して、たぷり、たぷりと揺さぶられる快さ。目を閉じれば、まるで大湖に一人仰向けに浮かび漂う泡のよう。  一人。  たった一人。
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