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騎士のふりはやめる
リウトがシャルフィの許可を得ずに部屋に入ったことなど、これまで一度もない。
驚いて寝台に起き上がったシャルフィは、はっとして掛布をかき集め、鼻を押さえた。
「来ないで」
リウトは止まらない。
あっという間に寝台に近づいて来る姿には、逆らい難い強者の迫力がある。慣れてしまって、普段はさほど意識しない体格の良さが、圧迫感となってシャルフィを固まらせた。
けれど、寝台横まで一気に近づいたリウトは、さっと床に膝をついて目線を合わせてきた。丁寧な所作、尊重される距離感、気遣う表情。すべていつも通りだ。
いつもと違うのは、わずかに眉間に縦皺が寄っていることくらい。
なのに。
「毎晩でも、いいのか」
静かで落ち着いた声で言われたことが、シャルフィは理解できなかった。
「……どういう意味?」
シャルフィは、ぼんやりと思ったままに問い返した。
それに目を翳らせたリウトは、説明をしてくれないまま口を閉じ、そしてもう一度、探るように視線を合わせてきた。
「私にとっては大切な、週に一度の夜だ。そのたった一夜すら拒みたくなるきっかけが何かあったのだろうか。何を言われても大丈夫だから、教えて欲しい」
そう言われても。
顔全体を覆うほど押し付けた布が、苦しい。
「シャルフィ、わからないなら何でもいい。気に掛かっていることがあれば、教えてくれないか。――顔を見せて」
視界を遮る布の死角からリウトの手が伸びてきたことに気づかず、シャルフィは容易く顔から布を剥ぎ取られてしまった。
とたんに、月の夜にだけ咲く白い花のような、どこまでも優しく甘いにおいが鼻腔に溢れた。
あの日もそう、この同じにおいに突然押し包まれたのだ。
いつも綺麗に体を清めてから来る夫から、こんなにおいがしたことはないのに。
どこから発生するのか確かめようとしても、うなじからも二の腕の内側からも、淡い残り香程度しか感じなかったのに。
どうして、今またこんなに。
「~~~く、っさい!!!」
え、とリウトが固まった。
「やっぱり、無理! なんでかすごく嫌なにおい! 嫌い! どうして? なんで急に? 誰かの香水が、身に染み付いているの? そうよ、週の他の日は私といないのだもの、誰とでも会えるわよね。お風呂でも取れないにおいなんて、何したらつくのよ! ううん、あなたがこんな強いにおいに気がつかないはずないもの。わざわざ、私に浮気を教えてくれて、ありがとうと言うべき!!?」
浮気なんて言うつもりはなかった。思ってもいなかった。根拠など何もない言いがかりだと、冷静な部分が警鐘を鳴らしている。
けれど、叫んでしまった。叫びながら、においを振り払うようにリウトに引っ張られた掛布をバサバサと振り回し、反対の手で掴んだ枕を投げつけた。
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