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やり過ぎてしまった、と思うより前に、打ち返すような鋭い反駁が来た。
「貴女の嗅覚が根拠なら、その解釈は、違うだろう?」
リウトのそんなに冷たい声を、視線を、シャルフィは初めてその身に受けた。
「貴女のにおいへの過敏さは、対象への好悪の感情にも大きく左右される。経験則でそれはわかっている。貴女の親しい友がきつい香水を纏っていても気にしていないのに、嫌いな相手が纏っていれば、それまで好んでいたにおいであっても嫌いになる。それが、貴女だ」
出会ってから一度だって、そんな斬り付けるような話し方をされたことはなかった。
ついに、リウトに見限られた。
シャルフィの胸に氷が落ちたように冷たさが広がった時、目の前で、月の化身のような秀麗な顔が、苦しげに歪んだ。
「俺は、貴女の前でほかの誰の移り香だって纏うつもりはないし、そんな相手と会う暇があるなら、貴女と会いたい。出会ってからこれまで、これほど必死に、貴女の望む完璧な騎士であろうとしてきたのに。結局貴女は俺を嫌いになったというわけか」
「……え?」
「そういうことだろう?」
主語が、入れ替わっていないだろうか。
ぽかんとしてから、シャルフィは慌ててもう一つあった枕を鼻に当てた。
「そ、そういうこと、のはずないでしょ! それに私は、完璧な騎士なんて頼んだことない!」
「最高の騎士とは、ああだこうだ、と毎日言われていたが」
「子供みたいな年の頃よ! それも、あなたがうちに来たから興味を持った騎士の物語の話をしただけじゃない!」
眉をきりりと吊り上げたままのリウトは、シャルフィが言い返しても頷きもしない。
ふと不安にかられ、自分を省みる。すると、騎士は優しくしてくれるものだとか、騎士は仕える女性を否定しないはずだとか、好きなことを言っていた記憶がふわふわと蘇り、シャルフィの声はだんだん小さくなっていった。
「でも、結婚前までよ。夫婦になってからも騎士と姫だなんて、嫌だもの。……線を引かれたみたいに取り繕った顔しか見せてくれない夫なんて、望んでない」
枕越しに、リウトが衝撃を受けた顔をしたのが見えた。
「……俺が、どれだけ……」
俯いて何かぶつぶつと呪ったかと思うと、はあ、と深い息をついた。
「では、騎士のふりはやめる」
「やっぱり、ふりだったのね」
「騎士の顔を取り繕っておくと、いろいろと都合がいい。姫のご機嫌も取りやすいしな」
「……なっ」
急にぞんざいに扱われたことに、シャルフィは衝撃を受けた。やはり、好んでシャルフィの夫となったわけではないのだ。
じわり、と涙がにじんだのだが。
「気分は体調にも関わってくる。できるだけ安らいでいて欲しいから、完璧な騎士を望んでないなら、やり方を変えよう。その代わり、夫として妻に付き添うことにもう許可はとらないし、週に一度じゃなく、毎日一緒の寝台で寝る」
「は、……な、なにを」
据わった目でぶつぶつとつぶやく姿は、先の宣言がなくても、もうとても騎士には見えなかった。
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