何でもない日に祝福を

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──喉奥で爆ぜる、爆ぜる、小さな泡。胃の腑に落とし込んでしまえば少しばかりの熱を帯びて、酒精がじわりと身体を巡る。体温の上がった指先で冷えた缶を愛でるように触れると強張りの解けた眼がゆうるりと細くなる。目元には薄らと朱が差し、引き結ばれた唇は綻んで、私の機嫌の良さを如実に表していた。 細く開けた窓から吹き込む秋風は冷たい。缶の底に溜まる酒を飲み干してしまおうとくるりと回してみせれば、目の前で私を見つめるふたつの眼が不機嫌そうに細められる。窓を閉めろというのか、はたまた酒を止めろというのか。ふふ、と笑いかけてみせれば背を向けてどこかに行ってしまった。いつもはこちらに来てくれるのに、今日はとことんご機嫌斜めらしい。 缶を傾けて酒を飲めば、壁を隔てた向こう側で独り言が聞こえる。不機嫌とも寂しさともつかないその声は時々、自らの存在を主張するように控えめに響く。 私は席を立ち、隣の部屋へと向かった。 「入るよ」 ──ことん、と。机の上のインク瓶が落ちる。 転がってきたそれを手に取り、私は仄かに笑った。 「ほら、おいで。今日は一緒に過ごそうか。 君にも特別なおやつをあげるから」 にゃあ。 ──我が家の可愛い黒猫は、応じるように一声鳴いた。
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