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なんて返事をしようか迷っていると、ノックの音が響いた。ついに祖母が助けに来たのだと歓喜した。
「誰だ、入れ」
「失礼します。五条琴子の祖母です」
急に私の家族が現れて驚いたり、態度を改めたりするかと思ったが、変わらずこちらを見下した態度だった。
「どういったご用件で?」
「孫が退職したいとお話ししたはずです。それを受理なさらないのはどういったおつもりですか」
「失礼ですけど、それあなたに関係ありますかね? 雇用契約を結んでいるのは私とそこのお孫さんなんで、その話ならあなたが帰った後にしますよ」
めんどくさいことになったとでも思っているのだろう。大きなため息をついて、椅子に座った。真面目に人の話を聞こうとする人の態度じゃない。それを見た祖母は私のポケットに手を入れて、先ほど入れた何かを取り出した。
「工場長でしたっけ。これがなにかわかりますか」
そう言って祖母が机の上に置いたのはボイスレコーダーだった。工場長はそれがなにかわからなかったのか、再び立ち上がって近づいた。その瞬間、カッと大きく目を見開いた。
「……なにが言いたい」
「これね、先ほどのあなたのパワハラや脅迫のような発言からすべて録音してあるんですよ。どうですか? これを警察に出して大事にしてもいいんですけど」
歯軋りの音が聞こえて来そうな顔をした工場長は、ゆっくりと私たちの正面に立った。殴られるかもしれないと怯えたが、工場長はそのまま膝をついた。そして、そのままゆっくりと頭を床につけた。
「それだけは勘弁してください。五条琴子さんの退職処理はすぐにさせていただきますので、どうかお願いします……」
工場長のプライドが折れる音がした。それを見た祖母はしゃがみ込んで、工場長の目の前にボイスレコーダーを差し出した。
「ごめんねぇ。やっぱり歳のせいかしら、耳が遠くってね。もう一度言ってくださる?」
工場長は大きく息を吸って、さっきと同じ言葉をそのまま繰り返した。
「ありがとう。それじゃあ、私たちは帰りますね。書類の送付先を書いたメモをここに置いておきますから、短い期間ですがよろしくお願いしますね」
そう言うと祖母は録音を止めた。さっさと事務所を出ていく祖母を後ろをついて行って、扉を閉めた瞬間工場長の叫び声が聞こえた。おそらく、ふざけんなとかそういった言葉を叫んでいたかと思う。
「おばあちゃん、あんなやり方しちゃって大丈夫なの」
「気にしなくっていいのよ。あぁいうプライドの高い人間は二度折ってやらないとね」
静かな声で呟いたその横顔は、冷たい目に笑顔を浮かべていてゾッとしてしまった。
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