あなたたちが神と呼んだ

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 二人分の小さなケーキを半分に切っているところで、母が自室からプレゼントを持ってきてくれた。青色のラッピングがされた長細い箱だった。 「開けていいよ」  そう言われて、丁寧にラッピングを外していくと高級感のある黒い箱が出てきた。蓋をとって見ると真珠のネックレスとピアスが入っていた。 「真珠だ……。これって本物?」 「本物よ。もう大人だからね。冠婚葬祭で絶対必要になってくるからそれにしたの。私もね、十八歳の時におばあちゃんから同じものをもらったことがあるのよ。この先何年経っても使えるものだからそれを琴子にもあげたかった」  そういう意味があったのか。あんな喧嘩をしたというのに、これから先の人生を母は考えてくれていたのだ。 「この間は言い過ぎたと思ってる。ごめんね」 「お母さんも叩いちゃってごめんね。後からこんなこと言うのずるいかもしれないけど、そんなつもりなかったの」  よかった。こうやって話す時間がなければ、ずっと謝らないままだったかもしれない。そう思うと安心できた。少し重くなった空気をかき消すように、母がケーキを食べようと言い出してくれた。伝えたいことはちゃんと思った瞬間に伝えようと決めて、ケーキを食べながら何度もお礼を伝えた。美味しいって。ありがとうって。 「ねぇ、仕事探しに苦労しているでしょ」  なにも報告していなかったのに、気づかれていたのかと驚く。 「うん。頑張ってはいるんだけどね」 「あのね、琴子さえ良ければなんだけど、お母さんの知り合いが工場で働いているの。琴子のこと話したら人手不足だからぜひ雇いたいって言ってくれてるんだけど、どうかな」  もう選り好みできないことはわかっていた。私は頷いて、その工場で働くことを決意した。母はすぐにその知り合いに電話してくれて、早速明日形だけの面接を行いたいということだった。これで、やっと働けると思うと安心できた。 「お母さん、本当にありがとう」  明日からまたちゃんと会話ができるように努力しよう。今日こうやって母が頑張ってくれたのだから、冷め切ったこの家も変えることができるかもしれない。母のうつ病から逃げてきた私も一緒に向き合うことで少しは良くなるかもしれない。ちゃんと会話のある家族になりたいと心の底から願った。  だが、これが最後のありがとうになるなんて思いもしなかった。
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