あなたたちが神と呼んだ

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 だが、一朝一夕でスピードが上がるわけもなく、自信をなくしていった。そのうちサービス残業だけでなく、セクハラもされるようになった。私が必死に野菜を切っているその後ろにピッタリとくっついて胸やお尻を撫でまわしてくる。始めはなにかの冗談だと思って、それとなくやめるよう言っていたが効果はなかった。次第に行為はエスカレートして、強くやめてくださいと叫んだが、ニヤニヤするばかりでなにも変わらなかった。 「ほら、今日の分が終わらないと帰れないよ」  そう言って、後ろから身体を触られる。できるなら、今すぐにでもこんな職場辞めてしまいたかったが、母の面子が潰れると思うと簡単には辞められなかった。  ある日、帰宅すると祖母から電話が一件入っていた。折り返しかけると、すぐに出てくれた。 「どうしたの。なにかあった?」 「ほら、響子が亡くなってから一ヶ月経つでしょ? 琴子一人で大丈夫かなって心配になっちゃったの」  祖母の優しい声を聞いた途端、我慢していたものが一気に押し寄せてきて大声で泣いてしまった。どれだけ泣いても涙は止まらなくて、今の状況を祖母に話すことなにか解決策を出してくれるのではないかと期待していた。 「いっぱい泣きなさい。今、すべて出し切った方が楽になるわ」  そう言われるとさらに止まらなくなり、喉が痛くなっても声をあげて泣き続けた。  みんなより仕事ができないの。サービス残業させられてるの。セクハラも酷いんだよ。もう辞めてしまいたい。だけど、お母さんの紹介で入っちゃったから辞めづらいの。頑張ろうって思っていたのに、つらくなってきちゃったよ。 「琴子、もう頑張らなくていいよ。おばあちゃんのところにおいで」 「……ダメだよ。お母さんに怒られちゃう。もう少し……」 「おばあちゃんが許すから、こっちに来なさい。働かなくていい。家事を手伝ってくれるだけでいいよ」  こんな甘い誘惑につられていいのだろうか。今の現状を変えられるならなんでもいいと思っていたはずなのに、祖母の元に行くのは抵抗があった。私はこの状況を変えたくて、解決したいだけなのに、祖母の言うとおりにしてしまうとそれは逃げになってしまうような気がしてできなかった。  迷っているうちに祖母は言葉を続けた。 「明日そっちに行くから。一緒に職場にも行ってちゃんと辞めましょ。そして、荷物をまとめておばあちゃんのところにおいで」  その力強く、頼もしい言葉に頷いた。祖母が手伝ってくれるのなら、もう逃げてしまってもいいと思ってしまった。 「なにも思い詰めることはないからね。おばあちゃんが全部許すから」 「ありがとう、本当にありがとう」  一度止まったはずの涙が、再び溢れ出した。やっと解放されるのだと思うと、それだけで嬉しかった。泣いている私を祖母はずっと慰めてくれた。  ようやく落ち着いたところで、電話を切って明日に備えることにした。退職届を書くべきかどうか悩んだが、祖母が解決してくれるような気がして考えることをやめた。この日は久々にゆっくりとお風呂に入り、リラックスすることができた。一人でもこんな安心感があるのだと、幸せに似た気持ちを噛み締めながら眠った。
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