1.壁越しの饗宴

2/4
前へ
/18ページ
次へ
仕事帰り、アパートの駐車場に車を停めるとネクタイを外す。会社を出るときは人目があるから外せないし、かといって部屋に戻るまでは我慢できない俺の癖だ。 ふぅ、とひと息ついてSNSのメッセージを確認する。同窓会のお知らせが目に入ってきたとき、車の前を人が通った。 金髪だからすぐにわかる……隣人のあの学生だ。歩く姿をついまじまじと見てしまう。 わりと小柄で、半袖から伸びる腕は生白いことが薄暗い中でもわかる。そこだけ見れば繊細なイメージにもなるだろうけど、綺麗に脱色された金色の髪と、そこから覗くピアスのついた耳。たぶん片方でも3つくらいついてるな。 それが彼の印象を強めていた。顔は、まだちゃんと見たことないんだけど。初対面の衝撃が大きすぎてぼんやりとしか覚えていない。 俺の視線に気づいたのか、彼が振り向いた。フロントガラス越しに目が合ってぎくりとしてしまう。勝手に見ていたこともそうだし、人に言えない性癖まで開花させてしまっているだけに、妙に後ろめたい。 数秒だろうか……ふいに始まった睨み合いに俺は降参し、目をそらした。さいきんゲイ向けの広告をよく見るから、変な想像をしてしまうのだ。顔が熱い。 諦めて車を降りると、彼はもう遠ざかって先にアパートの階段を上っていた。それにほっとしたような残念なような複雑な気持ちになりつつ、俺も歩き出した。 夜半、眠りについていた俺は懐かしい夢を見た。 『あゆ、こうと結婚して!』 可憐なワンピースを着た女の子が、俺の腕に抱きつく。あゆというのは俺の名前、(あゆむ)のことだ。 中学に入ったばかりの頃、近所に住んでいた女の子に懐かれた。小学校に入る手前くらいの年頃の子だったと思う。 両親とも忙しいらしいその子に、俺はよく絵本を読んであげていた。その子はすごく可愛らしい顔立ちをしていたし、自分には兄しかいないからお兄ちゃんぶりたかったのもある。 こうは俺のことが好きらしく、ある日そんなことを言い出した。女の子はおませさんだなぁ。そう思いながら笑って、さらさらした髪の頭を撫でた。 場面は変わって、ベッドで寝ている現在の自分が見えた。俺に覆いかぶさるのはあの日の“コウ”だ。 (うわっ!ゆ、夢だとしても犯罪的だろ!)
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

86人が本棚に入れています
本棚に追加