2.絵本の中の夢

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2.絵本の中の夢

太陽みたいに笑うあの人は、おれにとっての王子様だった。 小さい頃は女の子みたいな顔をしていたおれは、母親の少女趣味もあいまって、小学校に上がるまでよくスカートを履いていた。学校に入ってすぐ、それが変なことだって気づいてやめたけど。 おれの家は両親とも仕事で忙しくて、母親が仲良くしていた近所の家でよく遊ばせてもらっていた。 そこにいた男の子が(あゆむ)だ。歩には何個か上のお兄ちゃんもいるみたいだったけど、忙しいのかほとんど家にいなかった。 親たちがみんな『あゆちゃん』と呼ぶからおれもあゆ、と呼んでいた。歩は小学校からずっとサッカーをしていて、日に焼けた肌と笑顔が似合う爽やかな少年だった。 おれは歩が大好きで、年長になるころにはそれが恋だと自覚した。遊びに行くときはお気に入りのワンピースを着て、絵本を持っていく。 歩の脚の間に座って絵本を読んでもらうと、胸の中がそわそわして、落ち着かないのに幸せだった。 母親が用意する絵本にはよく王子様とお姫様が登場した。歩はそれを、『かっこいい王子様』『かわいいお姫様』と表現した。 歩はかっこいい。だから王子様。それならおれはお姫様じゃない? ふたりは恋をして、結婚して、しあわせに暮らすのだ。 保育園の先生に聞いて結婚という概念を学んだおれは、さっそく歩に突撃した。 『あゆ、こうと結婚して!』 『あはは、わかった。こうがお姫様になったら、この絵本の中の王子様みたいに迎えにいくからな』 隣の部屋にいた歩の母親は吹き出して、テンネンかチューニビョーかと笑っていた。でもそんなの気にならない。歩は白い歯を見せてニカッと笑って、頷いてくれた。結婚してくれるって! その後すぐ、おれは転勤になった親と引っ越す羽目になった。泣く泣く別れたけど、歩はそこまで悲しそうじゃなかった。 今になって思えば、部活動や青春に忙しくて、おれのことなんてただの近所の子としか思っていなかったんだろう。
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