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翌日 4月1日
「増田生命の経理部より出向して参りました園江です。
経理部には3年所属しておりますが営業部上がりの人間ですのでご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします。」
経理部の部屋、経理部に配属になった中途採用の2人の女の人の後に私も自己紹介をした。
今は営業研修期間中の新卒の子も将来的には3人が配属になる予定らしく、人数的には私がいなくても充分回るような気がしてしまう。
顔を赤らめながら私のことを見てくる数人の女の人達に気付きながらも笑顔を作った。
そしたら・・・
「営業部上がりだとしても経理部で3年も働いてたら迷惑なんて掛けないのが普通じゃない?
わざわざそんなことを言うなんて迷惑を掛ける自信があるんだ?」
意地悪な顔でやけに大きな声を出した佐伯さん。
前の2人の自己紹介には静かに終わらせていた佐伯さんが私にはそんなことを言ってきた。
佐伯さんの周りに立つ人達は驚いた顔で佐伯さんのことを見ている。
でも、佐伯さんの両隣に立つ2人の女の人は無表情で私のことを見てくる。
1人は羽鳥さん、そしてもう1人はどこをどう見ても佐伯さんの妹にしか見えない女の子。
“本当の姉妹ではない”ことに驚きつつも私は笑顔を作って答えた。
「はい、正直な話、迷惑を掛けてしまう自信があります。
増田生命の経理部では振り込みの入力や仕訳の入力くらいしか担当しておりませんでした。
それ以外のことは初めての経験になりますのでご迷惑をお掛けするかと思います。」
「経理部に3年もいて何でそんな経験しかしてないの?
今日で3年目になる私だってもっと色々やってるんだけど。
何でそんな経験しかしていないんだと思う?」
佐伯さんからそう聞かれ・・・
何も答えられない私に、佐伯さんがバカにした顔で笑った。
「つまらない顔で仕事してたからじゃない?
そんな顔をしながら仕事をする人間に、仕事を教えて仕事を振る人間なんて今のうちのグループには存在してないはず。」
それを言われてしまい、やっぱり私は何も言えなくなる。
その通りであろうことを言われて、こんなの何も言えなくなる。
「ここでアナタの面倒を見なきゃいけない私だって何も教えたくないし何も仕事を振りたくない。
増田生命の経理部ではアナタに仕事を振ってたみたいだけど、ここではアナタみたいな人間が出来る仕事なんてない。
うちの経理部にはこの仕事を本気でやっている人間しかいない。」
佐伯さんが口にした言葉に、佐伯さんの周りに立つ人達の雰囲気が変わった。
私の隣に立つ2人の中途採用の女の人達の雰囲気まで変わったように思う。
それを感じていた時・・・
「アナタ、何でここに来たの?」
佐伯さんがそう聞いてきた。
「何の為にここに来たの?」
私の命と身体を奪った佐伯さんに言われた通り、私は今日ここに来た。
私だって本当はこんな所には来たくなかった。
私は増田生命を辞めようと思っていた。
この女の子に私の命と身体を取られなければ、私はこんな所になんていなかった。
こんなことをこんな場所で、こんな大勢の前で言われなかった。
30歳にもなって、こんな場所でこんな言葉なんて言いたくもなかった。
“じゃあ、もう辞める。”
早くこの場から去ってしまいたくて口を開いた。
でも、私の口ではないかのように唇は小さく震え、あまりにも重い。
佐伯さんから命も身体も奪われてしまったことを改めて実感した。
その時・・・
「はい、3人ともこれからよろしくお願いします。」
砂川さんの落ち着いた声が重い空気の中で響いた。
その声に皆が砂川さんの方を向いたことが分かる。
でも、私は砂川さんのことをチラリとも見なかった。
最初から見るつもりもなかったけれど、今は見ることなんて出来なかった。
こんなことを言われ普通の顔が出来ているか分からない私が砂川さんの方を見ることなんてしたくもなかった。
そしたら、もう1人。
砂川さんのことを見ていない人がいた。
私をこんな風にした佐伯さんだけは、砂川さんの方を見ずに私のことを真っ直ぐと見据えていた。
私の震える重い口から声が出ることはなかった。
だから私の口ではなくなったのだと分かった。
この口はもう、佐伯さんの物になってしまったらしい。
“狂気”の女がその目だけで私に言ってくる。
“言えるものなら言ってみなよ。”
声は聞こえないはずなのに、私には確かにそう聞こえた。
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