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その日の定時後
「お!お前も戻ったのか、お疲れさん。」
「まだ20時過ぎだから全然疲れてないよ。
営業所の時も残業が当たり前だったし。」
本社のビルには社員食堂の他にもいくつかの休憩スペースが設けられている。
そのうちの1つである1番小さな休憩スペースにいると、田代が私の隣にある自動販売機で炭酸のジュースを買った。
「本社、観葉植物多いよな~。
都会にいると緑が恋しくなるから癒される。」
営業所とは違い観葉植物に囲まれた休憩スペース。
ここの休憩スペースにはベンチが2つ置かれているだけだけど、観葉植物に囲まれた静かなこの空間は確かに癒されるような気もする。
「ここ、経理部と財務部があるフロアみたいだな。
お前もここを選ぶとは。」
「営業部のフロアだとまだ残ってる人がいたからね。
田代こそここを選ぶとはね。」
「こういう初日のことを俺はもう嫌というほど経験したからな。
どうせお前のことを聞かれまくるだけだからここに避難してきた。
“普通”じゃない幼馴染みを持つとマジ大変。」
「ごめんね。」
「そこは“ありがとう”にしておけよ。」
「うん、ありがとう。
田代って普通に良い男なのにね。
営業所の時に彼女作っちゃえば良かったのに。」
「逆にモテすぎたことにより恐ろしくなって誰とも付き合えなかった。」
「どういうこと?」
「誰か1人選んだ後が怖いだろ。
他の女の子達、そうなったらその後どうなるんだよ?」
「知らない、私も誰か1人を選んだことはないから。」
「間中が相手だったら他の女の子達も諦められるかもしれないぞ?
あいつ可愛い見た目してるし。」
「それは無理だって。
私は女だもん。」
「お前は女じゃないから大丈夫だって!」
「私は女なんだってば、良い加減そこは認めてよ。」
「女って言っても股に穴があるだけだろ?
俺だって尻に穴があるからお前とほぼ変わらねーから。」
「バカ。」
「俺、お前より勉強出来たし~。」
「少しでしょ?
そんなことばっかり言ってたらまたモテないよ?」
「俺と同じ“純”なんて名前になりやがって。
それで男の俺よりも男とかマジで勘弁しろよ。
お前、本当は股に男のモノがついてるだろ?」
いつも言うようなことを田代が言った時・・・
「キミ、それセクハラだからね。
研修を定期的に受けているのにそんな発言をしているなんて、研修を受けさせている意味が全くないようだね。」
落ち着いた男の人の声が聞こえた。
田代と並び自動販売機の壁に寄り掛かっていた身体を離し、自動販売機の向こう側にいるであろうその人のことを見た。
そしたら、田代と同じくらいの見た目レベルの男が・・・私達よりも年上に見える男がいて・・・。
自動販売機から身体を出した私のことを不思議そうな顔で見詰めてきた。
そして・・・
「なんだ、普通の女の子だね。」
私のことを“普通”の女の子と言って・・・
「嫌だと思ったら嫌だとちゃんと声に出した方が良い。
もしも本人に言えないようなら上司や会社の相談窓口に相談出来るからね。」
セクハラのアドバイスを“普通”に私にしてきて、それには凄く驚きながらも口にした。
「上司からも“男の子”だって言われました・・・。」
「そうなの?どこの部署の誰から?」
「営業部の部長から。」
「それは可哀想に。
俺から人事部に報告しておくよ。
キミの名前は?」
「園江です。」
「園江さんね。」
男の人が真面目な顔で頷き、また口を開いた。
「園江純さんだよね。」
そう言われて・・・
“純愛”と訂正するのが恥ずかしかったので小さく頷いた。
「アナタのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「俺は砂川。
財務部に所属している砂川進。」
「砂川さん・・・。」
砂川さんは私の目の前の自動販売機で何かのボタンを押した。
自動販売機から取り出した飲み物は砂川さんには似合わないようなピンク色の桃の缶ジュース。
「桃ジュース、好きなんですか?」
「頭を使うと甘い物を取りたくなるんだよね。
今日はまだ残業だから。」
それを聞き、私は自動販売機でミルクティーを買った。
「はい、どうぞ。」
「え・・・。」
「こいつからのセクハラの件のお礼です。
あんな風に誰かにフォローして貰えたのは生まれて初めてでした。
ありがとうございました。」
自然に笑いながら砂川さんにお礼を伝えると、砂川さんはやけにジッと私の顔を見下ろしてきた。
「俺は女の子のこととか全く分からないけど、やっぱり普通の女の子なのにね。
身長が高いからかな?」
「そうですかね・・・っ。」
私の身長のことだけを大真面目な顔で言って、私からミルクティーを受け取り砂川さんは観葉植物の向こう側へと歩いていった。
「凄い良い人だったね・・・。」
「どこがだよ・・・。
本社に異動になったばっかで、俺セクハラで地方に飛ばされるかもしれねーのに。」
「それは自業自得。」
「すみませんでした・・・。」
田代の謝罪に笑いながら観葉植物の方から目が離せなかった。
私のことを初めて“女の子”として扱ってくれた砂川さんの後ろ姿はもう見えないのに、どうしても視線を移せなかった。
たまに痛くなる私の胸は小さくだけどドキドキとした。
痛くはないドキドキで・・・
なんとなくだけど、温かく感じた。
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