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翌日 午前中は1番奥の会議室で簿記3級の勉強をし、今日はお昼にこのビルの社員食堂に来た。 出社時間ギリギリで経理部に顔を出した時、佐伯さんからお昼は社員食堂を利用するよう優しい顔で言われたから。 砂川さんに会うのだと思うとこの会社に来たくないと何度も思ったけれど、私はどうしても佐伯さんの顔が見たくなってしまった。 連絡先も交換していない、“普通”ではない私の彼氏である佐伯さん。 私の命と身体を本気で愛してくれている佐伯さんともう1度会いたいと思い、化粧も髪の毛のセットも大急ぎでして電車に飛び乗った。 チビチビと目の前のざる蕎麦を食べていく。 「園江さん、お疲れ様で~す。 ここ、いいですか?」 明るい女の子の声が聞こえ顔を上げると経理部の女の子がいた。 佐伯さんの私に対する強い言葉を聞いても普通の顔をしていた、羽鳥さんの隣に立っていた凄く可愛い女の子。 「お疲れ様。うん、いいよ。」 あまりにも元気いっぱいなその笑顔には私も自然と笑顔になり頷いた。 「うちの社食のざる蕎麦ってクソ不味いって有名ですけど大丈夫ですか?」 「そうだったんだ? やっぱりこれ不味いよね・・・。 不味く感じるだけかなと思ったけど、やっぱり本当に不味かったんだ。」 「麺類が好きなんですか? 昨日は砂川課長から“うどんにしてあげて”って言われて、課長からお金を貰って私が持っていこうとした所を佐伯さんに奪われ、なのに佐伯さんは自分で持って行かずに他の先輩に頼んだんですよね。」 「昨日のお昼ご飯、砂川さんのお金だったんだ・・・。 お金返さないとな・・・。」 後に出てきた話は頭に全然入ってこないくらい、最初に出てきた砂川さんのトコロだけが強く残ってしまう。 「それくらいだったらお礼だけ言えば大丈夫だと思いますよ。 課長って飲み会では絶対奢ってくれますしコンビニで鉢合わせた時なんて私の夜のお摘まみまで買ってくれちゃいましたし・・・・うっっっま・・・!!! 煮魚ってやっぱりこのくらいの味付け・・・!!!」 煮魚の定食を本当に美味しそうに食べている女の子の顔を見ながら、私の口からは乾いた笑い声が漏れた。 「砂川さんって何でもない時に奢ったり出来る人になったんだね。」 「・・・あ、課長と前の会社で一緒でしたっけ? 私は新卒採用の入社3年目なので当時のことは知りませんけど、最初の頃は仕事だけが出来る“ちょっと変わった人”だったらしいですよ。」 「“ちょっと”だったんだ?」 「え、そこ突っ込んできます? 突っ込まれたので本当のことを言っちゃいますけど、“め~~・・・・っちゃ変わった人”だったらしいですよ?」 元気で明るくそんなことを口にされ、それにもまた自然と大きく笑った。 私の顔を見ながら少しだけ安心したような女の子の顔を見て、この女の子も“普通”の子ではないなと思う。 「佐伯さんと同じ入社3年目なんだ?」 「はい、そうです。 福富(ふくとみ)といいます。」 「福富さん、ありがとう。 今日は元気がなかったけど少し話しただけで元気を貰えたよ。」 私の言葉に福富さんは真面目な顔で私の顔を見詰めてきて・・・ 「私のこと、“福富”って呼んでくれるんですね?」 そんな不思議な質問をしてきた。 「福富さんって呼ばない方が良かった?」 「そうじゃないけど・・・。 うちの会社の“男の人”ってみんな私のことを“佐伯ちゃん”って呼ぶんですよね。」 「私・・・女なんだよね。」 「ね!!!女ですよね!!? どこをどう見ても女なのにみんな何を言ってるのかマジで意味不明で昨日から疑問だらけで!!」 「みんな私のことを男だって言ってたんだ?」 「みんなっていうか、女の先輩達ですね。」 「まさかこの話をこんなにすんなり話されると思わなかったよ。 気を遣うとか全然ないんだ?」 「何に気を遣うんですか?」 「私に。」 「何をですか?」 「・・・私が嫌な気持ちになったりしないかなとか、思わなかった?」 「嫌な気持ちになりました?」 「もう慣れてはいるけど、やっぱり良い気持ちはしないよ。」 そう答えた私に福富さんは元気で明るい笑顔で笑った。 「それなら言ってよかったですよ。 私からみんなに“園江さんは女子アピール”しておきます!!」 そんな返事にはやっぱり驚き、また大きく笑ってしまった。 「福富さんは私のことを見ても“普通”だね?」 「全然“普通”じゃないですよ。 あの性格の悪い佐伯さんに本気で虐められてる所を見て、口出しをしないように耐えるのに必死でしたから。」 福富さんがそう言った時・・・ 「ちょっと、アナタ。 私が面倒を見てる人の面倒を勝手に見ないでくれる?」 佐伯さんが物凄く不機嫌そうな顔で社員食堂のトレーを両手に福富さんに声を掛けてきた。
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