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夜23時過ぎ 4月2日の夜、昔マナリーが私に選んでくれたホワイトグレージュのワンピースを着て、砂川さんの家の前で砂川さんの帰りを待つ。 膝の下までの長さがあるワンピースのウエスト部分は切り返しがされている。 七分袖により私の細い手首は見えるけれど細いだけの腕は高級な生地で隠れている。 身体のラインは拾いすぎず、膨らんで欲しい部分は膨らんで見えるようデザインがされているワンピース。 いつも履いている5センチのヒールよりも低い3センチヒールの靴とボルドーの鞄。 小さく揺れる小ぶりなシルバーのイヤリングと一粒ダイヤのシルバーネックレス。 私服でもスカートは履くけれど、ここまで高くてしっかりとしたワンピースはこの1着だけ。 若い時に1度だけ着たことがあるこのワンピースは当時着ていた時よりも今の方が似合うような気がする。 「“Hatori”のワンピースだもんね、高級ブランド・・・。」 羽鳥さんのお母さん方の実家が経営している“Hatori”。 望と友達なので当時は身近なブランドに感じてしまっていたけれど、大人になった今ならよく分かる。 こんなに高いワンピースを着ていく場所が普通に生活していたら全然ない。 「よりによって“Hatori”のワンピースとか・・・。」 羽鳥さんのことを連想させてしまいそうな気もするけれど、砂川さんはブランド物など一切興味はないので絶対に分からないと思う。 「またこのワンピースを着る機会があるとは・・・。」 家でちゃんとお風呂に入り綺麗にセットをした髪の毛と化粧。 マナリーと望からは“可愛い可愛い”と好評だったこの姿も他の女の子や男の人から見ると“男”に感じるらしい。 「羽鳥さんも一緒に帰ってきたら流石に気まずいな・・・。」 同じような独り言を2時間は繰り返している。 「中途採用の人達を急遽4月1日付けで入れたらしいから、前よりはみんな忙しくないって佐伯さんが言ってたんだけどな・・・。」 両手で自分の腕を擦りながら乾いた笑い声を口にした。 「デートかな・・・。 明日も仕事なのに・・・。」 砂川さんに連絡をしたい気持ちはあるけれど、砂川さんはスマホをあまり気にしない人でもあるのと簡潔な返事しかくれない人で。 だから私が送ったメッセージにどんな返事が来るのかを想像するだけで“無理!!!”と判断をした。 「あと10分待って、帰ってこなかったら帰ろう・・・。」 さっきから何度もこの台詞を口にし、結局この時間になってしまった。 「上手くいかないな・・・。」 折角佐伯さんが私に機会を作ってくれたのに。 「寒い・・・。」 日中は暑かったこともあり数時間前までは夜でも寒くはなかった。 でも夜が深くなっていくにつれてどんどんと寒くなってきた。 両手で自分のことをギュッと抱き締め、地面を眺める。 街灯に照らされている地面には私の影が1つ。 男か女か分からない真っ黒な影がたった1つ、砂川さんの家の前に立っている。 その真っ黒な“人”の影を見ながら口にした。 「疲れちゃった・・・。」 2時間も寒い中で立ち続けたことに疲れたのか、きっとデートをしているであろう砂川さんと羽鳥さんのことを妄想して疲れたのか、これから起こることを何パターンも予想をして疲れたのか。 とにかく、私は疲れた・・・。 凄く凄く疲れた・・・。 もう全部を放り投げてしまいたくなるくらいに疲れた。 「疲れちゃったよ・・・。」 真っ黒な影を見下ろし続けながらまた口にした時・・・ 私の視界の中にもう1つ黒い影が現れた。 人通りが全然ないこの道に人が現れる度、私は2時間も心を踊らせ続けていた。 それにも疲れてしまったのかもしれない。 寒さと疲れにより身動き1つ取れない中、自分で自分のことを抱き締めながら自分の影を見下ろし続けていたら・・・ 視界の中のもう1つの影が私に真っ直ぐと近寄ってきた。 そして・・・ 地面に立っている真っ黒な“私”を“何か”で覆ってきたことが影の動きで分かった。 その瞬間、私の身体はフワッと温かさを感じ・・・ 知っている匂いが私の鼻に入ってきた。 私の身体に、私の頭に、私の心に入ってきた。 それが分かり、恐る恐るその人のことを見上げた。 そしたら、いた。 砂川さんがいた。 スーツのジャケットを私に掛けてくれ、ワイシャツ姿になっている砂川さんが心配そうな顔で私のことを見下ろしている。 「昨日はセクハラだったよね、ごめんね。 今後昨日みたいなことは絶対に言わないから。 純愛ちゃんが嫌だと思うことは絶対に言わない。」 砂川さんが真剣な顔でそう言って・・・ 「純愛ちゃんの彼氏の所ではなく“俺の所に来て欲しい”とも絶対に言わない。 俺がもう純愛ちゃんに選ばれることがないことは改めて分かった。」 砂川さんのスーツのジャケットに包まれている私のことを真剣どころか必死な顔のように見える顔で見詰めてくる。 「何かに疲れた時だけで良い。 その時だけでも俺の所に来てくれるならもうそれでいいから。」 そんなことを言って・・・ 「俺の家においで。」 そう言ってきた。
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