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第58話 文芸部にて 9
誕生日の水族館とお買い物デートの後は渚を家まで送って行った。僕の家で水着を試着してみようという話も渚から出てきたけど、どうなるか予想がついたから却下しておいた。
その日は渚のお母さんもお休みで、夕飯にご馳走を作って待っていてくれた。渚のお母さんからお祝いの言葉まで貰って、こんな楽しい誕生日は今まで無かった。まあ、お母さんの前で緩んだ顔を渚に問い詰められるわけだけど。
うちの両親はGWの中日に有給休暇を突っ込んで、二人で南国を満喫している。お祝いも朝、メッセージが飛んできただけ。気楽なもんだ。けど、おかげで渚がお泊りできた。
さて、高校生にはGWの中日の有給なんて取れない。
翌日から三日間は普通に平常授業だった。
◇◇◇◇◇
朝、駅から学校まで通う渚と一緒の登校時間。ときどき相馬やノノちゃんを見つけることもあるけれど、鉢合わせしない限りは特に挨拶することもなく恋人同士の時間を楽しむ。相馬とこっそり決めたことだ。用があるならスマホで予め連絡するだけだし、教室に着くと怖~い風紀委員――クラス内限定の――が居るから。
渚とノノちゃんもいつの間にかその辺を察したらしく、二年生になってからはわざわざ声を掛けたりしない。まあ、二人ともそんなにアクティヴにコミュニケーションするタイプじゃないしね。今もほら、二人してお互い目立たないように低い位置で小さく手を振り合ってる。
鈴音ちゃんは朝練の無い日は僕たちの待ち合わせの間に先に行っているらしい。ただ、僕も渚をほとんど待たせることは無いので、時々は鈴音ちゃんとも一緒に登校している。今日はほんの少し前を歩いてるけど、鈴音ちゃんはもともと友達多いから普通に友達と会話してる。
七虹香は幸い一本早い電車で来ることが多かったけれど、ヤツは他所の家に泊まってそのまま学校へ来ることがある。運悪く見つかると渚との間に割り込まれたり、渚の反対側の腕を取られたりする。うざいけど、偶にならいいか……って頻度に抑えられてるのは七虹香のコミュ力の高さなのかもしれない。
それから三村。三村は電車の中でときどき見かけるけど、話しかけてくることは無いし、こちらから声を掛けることもない。ただ、顔を合わせることがあると以前と違って挨拶くらいはする。同じ時間だろうから多分どこかその辺に居る。それから最近はまず時間が合わないけど、渡辺さんも同じ電車にはなるらしい。
渚と同中だった姫野は渚とは家が微妙に離れていて、バスの方が近いからバス通学。他にも宮地さんなんかも神社前からのバスのルートが近いのでバス。新崎もバスだけど、なんなら歩いて帰れるくらい近いらしい。田代と山崎、あと皆川さんなんかも歩きの範囲。
そして山咲さんは車で学校まで送り迎え。奥村さんは何故か駅まで車らしい、よくわからないけど。あと鈴木? 鈴木は知らん。
二年生になってから、渚はよく下級生から挨拶されるようになった。それはファンクラブが無くなってからも変わらないように思う。相手は女子なので僕もそんなに心配にはならないけど、渚は恋人繋ぎに切り替えたりして何故か彼女アピールを強調する。まあ、女子に奪われない可能性も無くはないし、僕も安心。
下級生の男子はもちろんだけど、上級生や同級生の男子が渚に声を掛けてくることは無くなった。何故って、それは格別目立つ連中が軒並み渚に斬り捨てられるか、学校から居なくなってるから。鮮魚店の息子の……なんだっけ、あの人の話もあって、渚に手を出すと僕に追放されるとか意味の分からない噂もあるらしい。
昇降口はタイミング的にバス通いの生徒でごった返してることもあるので、少しゆっくり目に歩くことが多い。下駄箱で靴を履き替えると、上がってすぐのところで鹿住さん。声を掛けられるので挨拶を交わし、一昨日のお礼も言って教室へ向かう。
「北尾くんでも待ってたのかな?」
「違うと思うよ?」
渚が意味深な笑顔を向けてくる。
階段を登り、1-Aから1-Dの教室の前を通って、2-Aへ。途中で雫ちゃんにも挨拶される。ちょっと苦手だけど成見さんに当たりが強いだけでそんなに悪い子ではない。
教室に入り、皆と挨拶を交わす。
朝、先に来ているのはだいたい朝練のある運動部や演劇部、バス通いと徒歩通いのクラスメイト、それから電車一本早く来てる七虹香みたいなのも居る。渚は席に荷物を降ろし、その渚の隣は鈴木。鈴木には正直、席を代わって欲しい。鈴木の席には田代が来て話をしていた。
「太一、いいところに。実は光の事なんだが」
「山崎? どうかした?」
山崎の席を見ると、うっすらと目を開けて僅かな微笑みを浮かべ、まるで悟りを開いたかのような顔をして静かに座っていた。確かにちょっとキモイ。
「――なんだあれ……」
「太一お前、光の前で鈴代ちゃんと……あんなことやこんなことをしたんじゃ……」
「してないしてない」
「まさか使用済みのアレがゴミ箱に……」
「いや、それは何というか七虹香が悪い」
「七虹香ちゃんともヤったのか!?」
「やってないやってない。やらかしたのは七虹香だけど。――鈴木も見てたんだから何とか言ってくれ」
「あはは、面白いから太一に聞いてみてよって話してたんだ」
「だいたい山崎はあの後すぐ、鹿住さんとゲーム始めてただろ」
「鹿住さんって誰だよォ!」
「一年の文芸部の子だね」
「ああ鹿住ちゃんか。かわいいけど校内で見かけるときは一人が多いよな」
「いやわかるのかよ田代!」
「俺を誰だと思ってるんだよ、ギャルゲの女子に詳しい親友枠を目指した男だぞ」
「それを恋愛に活かそうよ、洋一」
「なんか調べる方が楽しくなって、なんだかどの子もドングリの背比べのようにしか見られなくなったんだ……」
「ハァ、じゃ、そういうことで……」
「待て太一! 光がなんであんなことになってるか教えてから行け」
「私服の渡辺さんを見たからだろ、それだけ」
「は!?」
「ついでに奥村さんも居たね」
「なん……だと……」
「しかもね――」
鈴木が田代に耳打ちし、追い打ちをかけていた。ロクでもないやつだな相変わらず。
考えることをやめた田代は放置。
じゃあ――と、こっそり渚の指先に触れて、自分の席へ。渚も小さく手を振る。
◇◇◇◇◇
「あら、ごめんなさい今退くわね」
僕の席に座っていたのは新崎さん。
奥村さんと話をしていた。
「荷物置かせてもらえれば別にいいけど?」
「話は終わったから。ところで瀬川くん、明々後日から行くキャンプ場ってここで合ってるわよね?」
新崎さんがスマホでキャンプ場のサイトを見せてくる。
「……本当にくるんですか新崎さん……」
GW後半のキャンプ場。確かに、渚のお母さんの紹介で――おそらくは飛倉の親戚筋に当たるんだろうけど――そこに行く予定ではあった。クラスでもGWの予定を聞かれたとき――キャンプ場に行く――とは言ってあった。
流石に高校生で、しかも趣味でキャンプをやってるわけでもない連中は気軽に――よし俺も――と言ってくる奴は居なかった。が、それを金の力で何とかするやつなら居たのだ。新崎さんたちだ。
「別に今から敬語じゃなくてもいいわよ? じゃあ」
「ええ……」
そう言いながら新崎さんは自分の席へと戻って行った。
「瀬川くん、一昨日はシャツ、ありがとう」
――と、こっそり声をかけてきたのはその中の一人の奥村さん。
「それはこっちの台詞だって。高そうなオリーブオイルありがとう」
奥村さんから僕たちが貰ったプレゼントだ。オリーブオイルの良いやつって結構するんだよね……。普段ならあまり手が出ないようなオリーブオイルだけど、渚と一緒に使ってと言って渡された。彼女のお気に入りなんだそうだ。
「うん、すごくいい香りだけど……」
「だけど?」
「(体に塗ったらダメだよ。前、塗ったら塗る用じゃないって母に怒られたから)」
ブッ、ゲホッ、ゴホ――小声で囁いてきた奥村さんの言葉に思わず吹いてむせ込んでしまう。
「瀬川!? どうした、大丈夫か?」
ノノちゃんと話をしていた相馬が心配して僕に声をかけてくる。
ヤバイ、変な想像をしてしまって落ち着くので精一杯だった。
当の奥村さんは知らぬ顔を貫いてる。
「……大丈夫、大丈夫」
「そう? ――和美もどうしたの?」
見ると、ノノちゃんの耳が真っ赤になってた。色白だから余計に赤く見える。
聞こえてたんだろうか? 聞こえてたんだろうな……。
「ううん、なんでも……」
ノノちゃんも両手を振り振り誤魔化していた。
そのあと、奥村さんがこっそり――ス、スキンケアの話だから――って言ってきたので僕とノノちゃんはホッと胸を撫でおろしたのだった。
◇◇◇◇◇
放課後、渚ほか大勢と部室へ向かう。
ほか大勢――というのは、相馬とノノちゃんはいいとして、七虹香、三村、姫野といった顔ぶれに鈴木と滝川さん。僕らを加えて総勢九名のメンバーだった。
――いや、でもよく考えたら美男美女過ぎない? この中で2番目に目立たない滝川さんだって結構かわいいよ? 少し前まではやや地味くらいだったんだけど、最近、鈴木とつるむようになってからすごく明るくなったし、たぶん、他のクラスなら五本の指に数えられるとかそういうレベルでかわいいんじゃないかと思う。
もちろんいちばん目立たないのは僕。いや、もっと自信持てとか確かに言われたし、そりゃ僕だって渚が隣に居てくれて自信はすごく持ててる方だと思う。でもやっぱり基本スペックってあるわけで、それを考えると――。
今の今まで三村や姫野と話してた渚が、突然、腕を取ってぎゅっと抱きしめてくる。
「ど、どうしたの?」
「太一くんがみんなの後ろを歩いてて、そんな顔してるときは余計なこと考えてる時だから」
「そんなことないって」
「ううん、絶対そんな顔してた」
「あっ! また渚が自慢のおっぱい擦り付けてるズルイ!」
「やめてよ七虹香ちゃん! 変なこと言わないで!」
「ぜぇーたいやってた!」
まあ、渚が隣に居るから気にしなくてもいいんだよね。僕のカーストは。
◇◇◇◇◇
そんな感じで北校舎一階の端の部室に到着したわけだけど、何の騒ぎかと言うと二週間ほど前に印刷所へ出した部誌が届いていたのだ。
「じゃあ瀬川くんと西野くん、一緒に来てくれる?」
樋口先輩と一緒に職員室まで取りに行った荷物がその部誌。紙って結構重い。
そういうわけで、A5の200部の部誌。
僕らとしては初めてのオフセット印刷だった。
「ほぉぉぉお!」
そんな奇声を上げたのは七虹香。箱に詰められた部誌を見て感動の声を上げる。
表紙は七虹香がイラストを描いたのだ。三村の方が上手みたいだけど描くのは七虹香の方が圧倒的に速い。三村は渚の作品に集中して、七虹香のイラストが表紙以外にもあちこちを埋めてる。
「はぁあ、いい匂い~」
渚も新しい本の匂いを嗅いで、うっとりとしている。
他のみんなも新入生たちも初めての部誌に大騒ぎ。
最初の一部を樋口先輩が取り出して胸に抱く。
「ついに先輩たちの無念を晴らすことができたね!」
延々たる受け継がれし無念があったのだろう。
皆も手に取って――と先輩が勧め、それぞれに配られる。
「今年度は部誌の予算に板上会が協力してくださってます。後でみんなでお礼を一筆書いておきましょう。献本の際、一緒に持って行きます。あと、今回の新入生歓迎号は園芸部に50部、割り勘で引き取って貰えます。鈴代さんのお陰ですね」
おお――と拍手を贈られる渚。
えへ――と照れる渚。
しかし板上会……。演劇部が問題起こしたから他所の部にも媚び売ってるのだろうかと邪推してしまった。うちは渚も居るしなあ。
「印刷だとぜんぜん違う……自分の絵なのにすごい……」
――と、感動して目をキラキラさせていたのは三村。三村もあんな顔をするんだな。
「凄いね、プロみたい!」
「雑誌より紙がいいから商業誌以上だよね」
「かなたんこれめっちゃいい!」
渚と姫野と七虹香が三村を取り囲んで褒めていた。
ノノちゃんは相馬と一緒に食い入るように部誌を読んでいたし、樋口先輩は一枚一枚丁寧に捲り、感慨に浸っていた。西野は現物の部誌に感動していた。坂浪さんはページの間に顔をやって匂いを堪能してるし、小岩さんは誤字があったらしくて悶えてた。成見さんはなんか、雫ちゃんと肩を寄せ合って部誌を読んでいたので今日は仲がよさそう?
鈴木と滝川さんは、文芸部にたくさん差し入れしてくれたからお裾分けということになっている。本当に僕たちが貰っちゃっていいの?――とか言っていたけれど、お世辞ではなく二人とも喜んでいるようだ。
後輩たちも実物の部誌を手に取り、次回刊行に向けやる気を出していた。
そして僕。
いや、すごいと思うよ。コピー用紙の寄せ集めじゃなく、ちゃんとした冊子になってるのって。でもね、内容がね……いや、こんなことならもっと執筆を頑張ればよかったと思った。渚と違ってそこまで……というか、渚のことでいっぱいで、何も書いてこなかったから。
「どうしたの?」――と渚が声をかけてくる。
「いや、もうちょっと書く方も頑張った方がいいなって……」
「それは私だって同じだよ」
「いや、渚はすごいよ。ちょっと抑えて欲しい部分はあるけど、渚が何を考えていたのかとか、感情とかがすごく伝わってくるし」
「じゃあ、メッセージで短文のやり取りでもする?」
「ん~、そういうのはちょっと無理かも……」
「太一は渚との話を書くだけでいいんじゃない!?」
首を突っ込んできたのは七虹香。
ああ!――みたいな顔をしないで欲しいんだけど渚。
「――渚とのエロ小説、あたし、お金出してもいいから欲しい!」
「ぇえ……」
よりによって18禁かよ。夜想曲に飛ばされるぞ……。
「わ、私も欲しいかも……」
渚まで……。
周りを見ると、皆こっちを見ている。その向こうでは樋口先輩が両手でペケを作っていた。僕は顔を引き攣らせながら――。
「ダ、ダメですので。健全な部活動ですので」
「なんで突然お嬢様になんだよ……」
三村にツッコまれた。
いやでもさ、おかしくない? 女子は割とエッチなの書いても許される感あるのに、男子はなんか色々ダメってなるのなんで? 渚のとか結構ギリギリじゃない?
とにかく、皆で初めてのオフセット印刷の部誌を楽しんだあと、献本先とか園芸部のとか、頒布の予定に併せて仕分けしていった。
◇◇◇◇◇
「今日、やっぱり太一くんちに行かない?」
駅まで向かう間に渚がそんなことを言ってくる。
今日は両親が居ないから何となくはわかるんだけど……。
「今日は渚の家で夕飯作るって予定だったでしょ」
「ダメかぁ」
「それに一昨日、泊まったばっかだし」
「そうだね……じゃあ早く帰って夕飯の下準備しよ」
そう言いながら渚が走り出す。
「ええ、でも今日は部活で遅くなったから、その、時間は無いと思うよ?」
「早く帰ろ。二人でやったらすぐ済むから」
二人だとその後が済まないんだよな……とか思いながら走った。
結局最後、シャワー浴びる時間が無かったわけだけど。
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