第60話 キャンプ 2

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第60話 キャンプ 2

「あっ、なんか小さいころに来た覚えがある! ここだったんだ!」  朝から母の車に揺られてやってきたキャンプ場は幼い頃の記憶の片隅に残る光景を蘇らせた。思わす(はしゃ)いでしまった私に母は、昔、父が良く連れてきてくれていた場所だと教えてくれた。 「鈴代さんだけテンション高いって初めてだね」 「それが渚、割とこんなだし小さい頃はさらにお転婆だったみたいなんだよ」  太一くんが変なことをバラしててちょっと恥ずかしい。 「想像もつかないな。――和美もそんな頃あった?」 「……小さい頃なら……ちょっと分かるかも」 「ノノちゃんの方が想像つかないよー」  到着して、母の()()()のオーナーさんに挨拶をする。  オーナーさんは濱田さんと言う背の高い、顎ひげを蓄えた人だった。  小さい頃の私を覚えているというけど、私にはさっぱり。  その後、早速お仕事へ。  私とノノちゃんは売店のお手伝いに、太一くんと相馬くんは外のお仕事に駆り出されていった。  太一くんたちを引き連れていったのは吉田さんという大学生のアルバイト。よく焼けた肌が健康的に見えるアウトドア好きそうなお姉さん。薄着な上にグラマラスで胸もお尻も大きい! 太一くんが目のやり場に困ってる。――ちょっと、太一くんを誘惑しないで!――って言いたかったんだけど、ちょうどお客さんのチェックアウトが重なったりもあって売店のお手伝いが忙しくなり、それどころではなかった。  ◇◇◇◇◇ 「疲れたぁ~、もう無理ぃ~」  吉田さんに連れられてお昼休みに戻ってきた太一くんに、疲れたフリをして――実際疲れてたけど――私のものアピールをしようと抱きつきに行ったのに阻止されてしまった! 恥ずかしそうにする太一くん。私はちょっと欲求不満。  昼食を終えると太一くんは疲れているのか休憩室でうとうとし始めた。本当を言うと膝枕でもしてあげたいところだけど、他にも従業員さんやアルバイトの人が居るからできそうもない。ノノちゃんはおでこを付き合わせるようにして相馬くんと静かにお話していた。羨ましい……。  ◇◇◇◇◇ 「じゃ、そろそろ行こうかー?」  長めの休憩の後、再び吉田さんに連れられてキャンプ場へと戻っていく太一くんたち。 「たっ、太一くん……その……大丈夫?」 「ん……昼寝したから」  少し話をしようとしたけれど、寝ぼけ眼の太一くんに文句を言うのも申し訳ないし……。 「むぅ……」  太一くんがナンパを心配してくれたのは嬉しかったけれど、ちょっとモヤモヤしていた。 「ど、どうしたの? 鈴代さん」  私たちの仕事を見てもらってる山田さんが聞いてくる。 「あっ、いえ。なんでも」 「スマイルね? スマイル」 「あっ、はい。そうですね!」  ノノちゃんと二人で接客。私もノノちゃんも初めてのことばかりでたいへんだった。けど、従業員さんも山田さんも親切で、お客さんも――ナンパしてくる人も居たけど――概ね良い人。これまでは気疲れするので――接客業とか絶対無理!――って思ってたけど、太一くんとのお出かけのためにも少しずつ慣らしていかないとなって思った。ノノちゃんも同じ意見。  ◇◇◇◇◇  夕飯、私たちも太一くんたちもへとへとに疲れて、会話も少なかった。  お風呂に入って休憩室に戻っても、太一くんたちはやってこない。  私とノノちゃんはそれぞれメッセージを送ったけれど、やってきたのは相馬くんだけ。相馬くんが言うには、太一くんは疲れて寝ちゃってるみたいだった。一日の終わりくらい太一くんに甘えたかったのに……。ノノちゃんは相馬くんとお話して気疲れは解消されたみたいで羨ましかった……。  ◇◇◇◇◇ 「ふーんだ」  翌朝、欲求不満が残ったままの私は太一くんにちょっと当たってしまう。  太一くんは相馬くんに教えられてやっとスマホを見た……。 「渚ちゃ~ん、お隣がカレシ? そっちはノノちゃんのカレシ? 紹介して?」  朝食を取っていると寮で同室になったミキさんが話しかけてきた。 「こっちが……瀬川くんで、そっちがノノちゃんの彼の相馬くんです」  太一くんを彼と言わなかった自分に自己嫌悪してしまいそうになる。  それもあってミキさんとお話していた大学生たちにナンパじみたことを言われても、ちゃんと拒絶できなかった。太一くんに申し訳なくて……。  ――ただ、太一くんはちゃんと守ってくれた。ちゃんと守ってくれたが故に素直に感謝できなかった。  ◇◇◇◇◇  朝食後、私とノノちゃんは自由時間だけど、太一くんたちは吉田さんに連れられて外に行った。仕事の内容が違うから仕方ないのに、外の仕事をしている間は吉田さんが付きっきりに見えてモヤモヤしっぱなし。  仕事が忙しかったからか、太一くんたちが戻ってきたことにも気付けなかった。  私たちがお昼の休憩に入ると、相馬くんがノノちゃんに声を掛けてくる。 「和美、おつかれさま」  ただ、ノノちゃんは相馬くんに抱きついていったのだ!  えっ!?――ってノノちゃんの行動にびっくりしてると太一くんと目が合う。  相馬くんは受け止めてくれてるのに!――って非難の目を向け、目を逸らした。  ◇◇◇◇◇  昼食を取っていると、百合ちゃんたちが来てくれた。  気疲れしっぱなしだったけど、見知った顔が増えるだけでずいぶんと気も楽になる。さらに、濱田さんが休憩を伸ばしてくれ、テントへの案内を頼まれた。案内と言っても仕事らしい仕事ではないので濱田さんが気を使ってくれたのだろう。 「えっ、これって百合ちゃんたちのテント? すごいね」 「外にベッドがあるみたいで不思議ですね……」  本当に。芝生の上に天蓋のついたベッドがぽつんとあるみたいな変な感じ。 「瀬川くんと鈴代さんをひと晩ここに放り込んでみたいですね」  山咲さんが冗談めかしたけど、私も一瞬、そうして欲しいと思ってしまった。  ただ、また太一くんと目が合ってしまい、見透かされた気がしてそっぽを向いてしまった。  その後、初心者向けの指導なんかもやってるらしい山田さんが、百合ちゃんたちにテントの使い方や道具の使い方、火の取り扱いなんかも教えていった。焚火は焚火台で行うことや、薪の取り扱いや火のつけ方なんかも教えてくれた。私たちもその説明に聞き入っていた。が――。 「太一くん? また居なくなってる……」  太一くんは寂しがり屋だ。文化祭のときからまるで変っていない。疎外感を実感するとどこかへひとり逃げてしまう。私は太一くんがそんな思いをしないよう、ずっと気にかけていたけれど、普段の環境から外れてしまったためかうっかりしていた。  私は先に管理棟へ戻ると告げて、太一くんを探しに行った。  太一くんのことだからどうせ仕事でもしてるのだろうと思ったら、案の定、従業員さんが建物の裏手で薪を割っていると教えてくれた。ただ、様子を見に行くと、またあの吉田さんと一緒に居て薪割りを教わっていた。  心配してるのに!――そう憤った私は早めに売店の仕事に戻った。  ◇◇◇◇◇ 「鈴代さん、ちょっとレンタルしたい()()がありますの」  そう言ってやってきたのは山咲さん。一緒に新崎さんも来ていた。 「何でしょう? 『手ぶらでキャンプコース』には大体の物は揃ってたと思いますが……」  相手が山咲さんだったこともあって、ちょっと営業スマイルと営業口調。 「レンタルカレシを一名お願いします」 「はい?」 「彼氏をレンタルしたいのです。瀬川くんとかちょうどいいんですけど」 「太一くん? ですか?」  いつもならダメダメダメとその場で連呼するところだけど、ちょっと腹が立っていた私は――。 「どうぞご自由に! 建物の裏で大学生のお姉さんといちゃついてると思いますので!」  ――言ってしまった。  ただ、山咲さんは悪戯な微笑みを返した。 「ご安心ください。悪いようにはしませんから」  そう言って新崎さんと何か小声で言い合いながら行ってしまった。  ◆◆◆◆◆ 「さてさて瀬川くん? 鈴代さんがずいぶんと荒れてますけれど、どういうことでしょう?」  テントの中、山咲さんがそう問いかけてくる。 「えっ、いや、それがよくわからなくて……」 「百合さんが、鈴代さんの機嫌が悪いと怒ってらっしゃいますのよ」 「え…………」 「ぃぇ…………」  見ると奥村さんは慌てて両手を振って否定のポーズ。 「せっかくこうして遊びに来たのですから、お二人の機嫌が悪いと台無しです」 「そうね、それは言えてるわね」 「――鈴代さん、瀬川くんが大学生といちゃついてるって言ってたわよ」 「え!? 僕が?」  大学生と言うと吉田さんだろうか? 「――いやでも、仕事を教えてくれてる吉田さんって凄くアウトドア系でそんな感じじゃないんだけど……」 「まったく下心は無いと?」 「もちろん」  そう言うと三人は顔を見合わせた。そして新崎さんが口を開く。 「仮にそうだとしても、鈴代さんはそう思ってないみたいよ。だからさっさと誤解を解いてきなさい」 「いや、それを言ったら渚だって……」 「あら? 瀬川くんも何か?」  興味ありそうに山咲さんが聞いてくる。が――。 「いや、山咲さんたちに愚痴を言うわけにはいかないので渚に直接言ってきます」  何故かうんうんと奥村さんが頷き、とにかく僕はテントを脱出した。  ◇◇◇◇◇  管理棟に戻ると渚はノノちゃんと売店に居た。  ちょっとだけ渚、外させてもいいですか?――とオーナーさんに断り、人の居ない所まで連れ出す。 「渚……その、ごめん」 「太一くん? なんで謝るの? 何か謝るようなことしたの?」  渚は不安げにそう聞いてきた。 「やましいことはしてないよ。……たださ、渚に心配かけてしまったって……思ったんだ」 「別に心配はしてないよ……太一くんだもん」 「吉田さんって人には全く下心とかないからさ……」 「うん……知ってる。ちょっと嫉妬しただけ」 「僕も、あの山田さんって人に嫉妬した」 「山田さん? そうなんだ……忙し過ぎて気にしてなかった。ごめんね」 「僕も体がいっぱいいっぱいで気にしてなかった。学校と違うのもあったかも」 「そう……だね。そうかも」 「これからは外でも気をつけようと思う」 「うん、気をつけないとね、これからは外でたくさん遊ぶし」 「じゃ、戻ろうか」 「ん…………」  そう言って一旦、管理棟まで戻って来たわけだけど、中に入るとすぐ渚が後ろから――太一くん――と呼び掛けてきた。 「なに?」  振り返って返事するが早いか、渚が抱きついて来た。  僕は拒まず受け止める。  しばらく抱きついていた渚は、安心したように離れた。  納得がいった。  ――僕は最初から彼女のハグを受け止めておけばよかったんだなって。  第九章 完
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