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夜の稽古
シホ様の剣技の表立った実力は、上にも下にも突出していたわけではなく、ごくごく平均的でした。ゆえに、素早さ、腕力など一芸に秀でた対戦相手に勝利するのがなかなか難しいようです。
本日の対戦相手はファルカタという短刀を愛用する方で、名前をクトゥ様といいます。予選会での勝ち星は九十九を数え、シホ様に勝利して剣闘士の資格を是非にも獲得したいところでしょう。
ファルカタは湾曲した薄刃で軽量の武器であり、その使い手であるクトゥ様は身のこなしは素早く、接近戦を得意とする方です。予選会ではグラディウスを用いて闘うシホ様ですが、彼の「本当の相棒」の用途を考えますと、接近戦はそれほど得意ではないのかもしれません。シホ様の最終目標はエリシア様の振るう長い戦斧なのですから、その対策に特化した鍛錬を重ねてきたゆえなのでしょう。
試合開始の銅鑼が鳴ると、シホ様はしばらく下段の構えのまま、相手の出方をうかがっていました。
わたくしのような門外漢にはわかりませんが、お互いに動かず注視し合っている状況であっても、ほんの刹那に隙を生じさせているのかもしれません。不意に、クトゥ様が飛び出すような動きで一瞬にしてシホ様との距離を詰めました。
急ぎ、シホ様が刃を持ち上げようとするその動きは決して鈍重ではないはずなのに、クトゥ様が早すぎるせいでコマ送りのように見えてしまいます。そよ風に舞う羽のような軽やかさで、ファルカタの曲がった刃先がシホ様の首の防具を撫でていました。
「……いやあ、まいったねえ! 百勝おめでとう、クトゥ」
試合を終えたシホ様は朗らかに笑い、自分より背も小さく肉付きの薄いクトゥ様の背中をばしばしと叩きます。讃えられてご機嫌なクトゥ様に、「良い得物じゃないか。どれ、ちょっと触らせちゃくれないか」とさりげなく武器を手に取って、目に近付けてじっくり見たり手に触れて形を確かめたり。このように、自分の勝敗に関わらず、関わった選手には積極的に話しかけて、相手の武器や技量、人柄などをつぶさに研究しておられるのでした。
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