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 不気味なうなり声を上げながらディアナが、ジェニーに飛びかかってきた。  こうなることを予測していたジェニーは、のけぞりながら右手の人差し指を伸ばし、ディアナの額に向けた。そして、小さな声で鋭く言い放った。 「魂消(たまぎ)え!」  その声を聞くや、今にもジェニーに掴みかかろうとしていたディアナが、目を見開いたままゆっくりと後ろに倒れていった。  同時に控えの間の扉が開き、二人の人物がなだれ込んできた。 「ジェニー!」 「ジェ、ジェニー嬢!」  ジェレミーとグレネルだった。  ジェレミーは、仰向けになって床に倒れているディアナのそばへ駆け寄ると、その額に左手の人差し指をあて、素早く「魂戻し」の呪文を唱えた。  グレネルの方は、呆然としているジェニーをいきなり抱き締め固まってしまった。 「こらっ! グレネル、ジェニーを放せ! ダンスで手を取るのは許すが、抱擁はまだ早い! ジェニーもグレネルの腕の中でぼうっとしていないで、自分がやらかしたことを反省しろ! もし、わたしが来なかったら、この娘は絶命していたかもしれないんだぞ!」  ジェレミーが、彼にしては珍しく、もの凄い剣幕で怒鳴ったので、二人は抱き合ったまましゅんとしてしまった。  グレネルは、あわててジェニーから離れると、王都警備騎士団へ連絡させるため、この家の従僕を探しに行った。  ジェニーは、倒れているディアナに近づき、小さな声で謝った。  きちんと魔力を調整したつもりだったが、恐怖心に負けて、想像より大きな力を発動してしまったようだ。  去りかけたディアナの魂を、ジェレミーがすぐに戻してくれたから良かったが、ほうっておけばディアナは二度と目覚めなかったかもしれない。 「ごめんなさい、お兄様……」 「いや、君が無事で良かった……。だけどジェニー、わたしの許しなく、この力を二度と使ってはいけないよ。悪用しようと思う奴が、どこで見ているかわからないからね」 「ええ、わかっています」  双子である二人は、実は、裏表の魔力を持っている。  「招魂術」を施し、傷ついたものをいやし、命を救うジェレミー。  「消魂術」によって、魂を離脱させ、命さえ奪えてしまうジェニー。  悪戯な神により、二人には強大な正負の力が、それぞれ与えられていた。  だが、悪用されかねないジェニーの負の力は、家族と幼なじみのグレネル以外の者には秘されている。だからこそジェニーは、「じゃないほう」としてひっそり生きてきたのだ。  双子ならではの感覚で、ジェレミーはジェニーの状況や居場所を察知することができる。今日も、屋敷にいて妹の計画を感じ取った彼は、それを止めようとここへ駆けつけてきたのだった。  ジェニーの話から、ディアナに疑いの目を向けつつあったグレネルは、突然夜会に現れたジェレミーの意図をすぐに察し、二人でジェニーを探しこの部屋へたどり着いた。  開いた扉から、ダンスの賑やかな音楽が聞こえてきた。  彼らがいなくても、夜会は滞りなく続いている。  スタンリーは、いつの間にか姿を消したディアナを探しているかもしれない。  だが、ジェニーを探している者はいないだろう。  「じゃないほうの令嬢」が夜会に来ていたことなど、もう多くの人は忘れてしまっているに違いない――。  戻ってきたグレネルに後のことを任せ、兄妹は、ジェレミーが乗ってきた馬でこっそり屋敷に帰っていった。
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