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 グレネルは、早朝から駆け回っているにも関わらず、いつもと変わらぬきびきびとした態度で、出迎えたジェニーにあいさつをした。  それでも、彼の目の下にうっすらとできたくまは、任務の厳しさを物語っていた。  居心地の良い居間に招かれ、茶と菓子でもてなされた彼は、早朝の騒ぎについて詫びるとようやく人心地ついたという顔で、事件のあらましについて語り始めた。  事件は、今朝早く、王立学院女子寮の図書室で起きた。  女子寮の寮生であるジュディス・オドノヒュー男爵令嬢が、図書室の書架の前で、たくさんの分厚い本の下敷きになって倒れているのが発見されたのだ。  発見者は、同じ寮生のシオドーラ・フェザーストン侯爵令嬢だった。  実は、二人は夜明けに図書室で会う約束をしていたという。  その話を耳にし心配していたディアナ・フォールコン男爵令嬢が、シオドーラの悲鳴を聞いて最初に図書室へ駆けつけた。 「二人は、なんでそんな時刻に、図書室で会うことにしたのかしら?」  ジェニーは、深い緑色の瞳を好奇心できらめかせながら、グレネルに問いかけた。  昔からジェニーを憎からず思っているグレネルは、その視線にどぎまぎしつつ、王都警備騎士団副団長の威厳を何とか保って答えた。 「ああっと……、二人で一緒に勉強することになっていたそうです。寮では就寝時刻が決まっていて、夜は灯火を消さねばなりません。ですので、『灯りがいらなくなる早朝に一緒に勉強することにした』と、シオドーラ嬢が言っていました」 「二人は、どういうご関係だったの?」 「二人とも王立学院の五年生なのですが、ちょっと複雑でして……。シオドーラ嬢は、モファット侯爵家のご次男であるスタンリー殿の許婚です。ところが、スタンリー殿は、最近夜会で見かけたジュディス嬢がすっかり気に入り、シオドーラ嬢との婚約の解消を考えていたという噂があります。二人と仲が良いディアナ・フォールコン男爵令嬢は、間に挟まれ困っていたようです」 「つまり、本当は勉強なんかではなくて、スタンリー様との関係について、二人でこっそり何らかの話し合いをしようとしていたのかもしれない――ってことね?」 「まあ、その可能性が高い……、ですかね?」  いや、それ以外ないわよね――と、ジェニーは思った。  ジェニーは、出不精なわけではないので、夜会にもときおり顔を出す。  たいていは、目立たぬ「壁の花」となって人々の会話に耳を傾けて過ごすが、ダンスも嫌いではないから誘いがあれば断らずに踊る。ただし、目立たぬよう教本どおりに――。  最近参加した夜会では、やけに派手で豪華なドレスを着た令嬢と踊るスタンリーを見た。あの令嬢が、ジュディスだったのだろう。ダンスもなかなか上手だった。 「男爵家といっても、オドノヒュー家は、投資や領地経営が上手くいっていて、かなり羽振りが良いようだわ。容姿と家柄でいえば、シオドーラ様の方が上だけど、贅沢好きなスタンリー様にとっては、ジュディス嬢の方が魅力的に思えたのかもしれないわね」 「ということは、やはりこれは事故ではなく事件で、ジュディス嬢を憎んだシオドーラ嬢が、彼女を手にかけたのでしょうか?」 「それはどうかしら? もう少し、関係者から詳しい話を聞いてみないと――」 「シオドーラ嬢とディアナ嬢は、現在王都警備騎士団が身柄を預かり、話を聞いて調書を作成しているところです。新しいことがわかりましたら、ジェニー嬢にもお知らせします」 「うーん……、それよりも……」  「ジェニー嬢」だなんて……、小さい頃は呼び捨てしていたくせに――、とジェニーは思ったが、それには触れず微笑むと、部屋の隅でかしこまっていた執事とメイドに向かって言った。 「アレックス、わたしはこれから王立学院女子寮に出かけるわ! クレア、あなたのよそゆき着をちょっと貸してね。わたしは、警備騎士団の記録係クレア・ヘイワードと名乗って、女子寮の人たちから話を聞いてきます。かまいませんよね、グレネル様?」 「えっ!? あっ……、は、はあ?」  グレネルとアレックスがおろおろしている間に、ジェニーは、クレアに手伝わせてさっさと支度をすませ、ちょっと仕事ができそうな女性事務官に変身した。  ジェニーは、グレネルが乗ってきた警備騎士団の馬車で、女子寮に出向くつもりだった。  侯爵家の令嬢であれば、メイドや侍女を伴わず、家族でもない男性と馬車に同乗することなどあり得ないのだが、グレネルの部下という立場なら問題はない 「さあ参りましょう、グレネル様!」 「えっ!? わ、わたしも同乗するのですか?」 「当たり前でしょう! あなたがいなければ、女性事務官を名乗っても信用されませんもの。今頃お兄様は、身を削ってジュディス嬢の魂を呼び戻しているはずだわ。わたしたちは、せめて事件の真相を探ることで、ジュディス嬢の無念を晴らすことに助力しましょう! そうすれば、招魂もきっと上手くいくはずよ」 「ああ、確かに――。わかりました、ご案内します!」  こうして、「じゃないほう令嬢」は、王立学院女子寮へ堂々と乗り込んでいった。  敬愛するお嬢様の勇姿にわくわくが止まらないクレアと、首を突っ込むどころか、全身で事件へと飛び込んでいくお嬢様を見守るしかないアレックスに、にこやかに手を振りながら――。
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