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「お兄様、上手く『招魂』できたかしら?」  窓から王宮の方へ目をやりながら、ジェニーは小さな声でつぶやいた。  今朝早く、王都警備騎士団の副団長であるグレネルが、王宮の敷地内にある王立学院女子寮の従僕とともに屋敷を訪ねてきた。  何か大きな事件が起きたようで、王宮魔道士団の魔道士である兄が呼び出された。  ジェニーの兄のジェレミーは、この国で唯一、「招魂術」を施すことができる特別な魔道士だ。  「招魂術」とは、肉体から離れかけた魂を呼び戻し、再び肉体に納めるという究極の治癒術である。ジェレミーはこの術によって、これまで何人もの要人の命を救ってきた。 「大丈夫でございますよ。鼓動も聞こえるし息もしているが、いっこうに目覚めないというだけのようでしたから、ジェレミー様にとっては、それほど難しいことではないはずです」  執事のアレックスは、ジェニーを心配させまいとしてか、ことさら明るい声で答えながら、花柄のカップへ優雅に紅茶を注いだ。  確かにジェレミーは、これまで一度も「招魂」に失敗したことはない。  だが今回は、つい五日前隣国の王子の「招魂」をして、屋敷へ戻ったばかりなのだ。  魔力もまだ、十分に回復してはいないだろう。  茶の支度が調ったテーブルの前に着席すると、ジェニーは執事のアレックスに問いかけた。 「いったい、どんな事件なのかしら? アレックスは知っているの?」 「いえ、わたくしも詳しいことは存じません。後ほどグレネル様が、朝から騒がせたことをお詫びにいらっしゃるそうです。事件についても、何かお話があるかもしれません」  グレネルは、ジェレミーとは幼なじみということもあって、いつも遠慮がない。  早朝だというのにジェレミーをたたき起こして、当然のように馬車でさらっていった。  ジェレミーの方も、グレネルに頼まれると断りにくいようで、王宮魔道士団に内緒でグレネルの仕事を手伝っていることもある。  ジェニーは、「腐れ縁」と呼んでいるが、二人は「男の友情」と言って笑っている。 「わかったわ。お兄様の成功を祈りながら、グレネル様を待つことにしましょう。王立学院女子寮での事件ねぇ……、もしかして、わたしの出番もあるかしら?」  ちょうど飲み頃になった紅茶のカップに唇を寄せながら、ジェニーが上目づかいでそう言うと、アレックスはぎょっとした顔になり、手にしていた焼き菓子の器を落としかけた。 「絶対にありません! 由緒ある侯爵家のご令嬢にして、王宮魔道士団の至宝ジェレミー・ダフィールド様の双子の妹であるジェニー様が、王都警備騎士団が乗り出すような事件に関わる必要はございません! お立場をお考えください!」 「まったく、アレックスったら大げさね。お兄様と違って、わたしのことなんて誰も気にしていないわよ。小さい頃から、『ダフィールド侯爵家の魔力持ちじゃないほうの子』と呼ばれていたぐらいなんだから」  幼少時より、眉目秀麗にして希有なる魔力の持ち主と評判をとり、わずか七歳で王宮魔道士団に呼ばれたジェレミーに対し、特別容姿が優れているわけでもなく、招魂術なんて使えないジェニーは、いつも「じゃないほう」な存在だった。  それでも、人の話を聞くことと本を読むことをこよなく愛し、それらをほんの少し人助けに役立てたこともある彼女は、人目につくこともなくひっそりと行動できる「じゃないほう」という立ち位置を、それなりに楽しんで生きてきた。 「存在感のないわたしだからこそ、できることや役立つこともあるのよ。まずは、グレネル様のお話をじっくり聞いてみましょうか。事件に首を突っ込むかどうかは、それから決めても遅くないわよね?」 「ジェニーさまぁ!」  ジェニーが、菓子を口に運びながら、アレックスが次々と繰り出す小言や愚痴を聞き流していると、玄関の呼び鈴が鳴った。
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