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海辺にて
遠くから、彼の声が聞こえてくる。
「はい、こっち。そうそう」
そしてキャッキャと聞こえてくる子供の高い声。
その声は……佑依の声だ。
はっと一瞬にして覚醒した私は、身体を起こす。
さっきまで裸だった身体には、きちんと服が着せられていることに気が付いた。
ただ体内に残る、熱を孕んだ後。
それがさっきまでのことが現実だったんだな、ということの証拠だ。
立ち上がると、真っ先に見えたのはキッチンのシンク。
きちんと弁当箱が洗われて立て掛けられていた。変な所で真面目なんだな……なんて思ったり。
そしてそっと引戸を開けて、寝室の様子を覗く。
中では中腰になった彼が、佑依の手を引いて歩く練習をさせている。
真剣な佑依を、微笑ましく見ている彼の姿。
その姿を見ると、胸の奥が軋む。
──愛の大きさは、与えてもらう人数というわけではない。
両親が揃っていても、不幸な人なんぞこの世に沢山居る。
私は佑依に、父親が居なくても不自由させまいと、努力してきたはずだった。
──でも佑依は、私が居なくなるとひとりぼっちになってしまう。
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