憧れのあなた──過去

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「あのさ、頼みがあるんだけど」 「頼み……ですか……?」 仕事の何かを頼まれるのかと一瞬身構えたが、彼は苦笑いしながらこう言った。 「僕にもコーヒーを買って欲しいんだけど……」 ああそうか、と。 うちの休憩室にある自販機──コーヒーやジュースなどの飲み物や、お菓子やパンなどの軽食 は現金が使えない。社員証を通すと買える仕組みで、月末に給料から天引きされるというシステム。 こういう社外の人間から『買って欲しい』という頼みはよくある話だ。 「いいですよ、どれにしますか?」 「じゃあそのブラックコーヒーお願いしていいかな?」 私はさっと自販機のカードリーダーに社員証を通して、そのコーヒーのボタンを押す。 すぐさまガタンとコーヒーが落ちてきたので、それを彼に差し出した。 「ありがとう、助かる」 そして彼はコーヒーのプルダウンをカチッと開ける。 「寺坂さん、今日はどこか外出してたの?」 「ええ、はい。警察と役所の許可取りに回ってまして……」 「そっか大変だね。いつも決まったらすぐ押さえてくれるから、すっごく助かってるよ」 「そんなお褒めの言葉、恐縮です……」 正直これは夢なのではないか、とビクビクした。 私があの憧れの王子と一対一で話をしている。 しかも私の仕事を誉めてくれるなんて!と。
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