憧れのあなた──過去

5/13
前へ
/121ページ
次へ
そんな少し嬉しくて恥ずかしい気持ちは──次の瞬間、一気に吹き飛ぶことになる。 「あのさ寺坂さん、よければお礼がしたいのだけれど」 「いえ!そんなたった百円でお礼なんてとんでもないです!」 そんなたかが百円、大層なお礼をされるほどのものでもない。逆にそんな小さな金額で律儀にお礼なんて申し訳ないと、私は手と頭をぶんぶんと降る。 すると彼は、微笑んでこう言った。 「僕は寺坂さんをデートに誘いたいんだけど、ダメかな?」 (デートに誘いたい……?私のこと……?) その言葉に、頭の中が真っ白になる。 なぜこの人が私と?! 何の接点もない私をデートに誘うって?! あまりに唐突な言葉に、目を見開いて立ち尽くす私を、彼は肩を竦めてクスクスと笑って見ている。 「前からね、寺坂さんのことは気になっていたんだ。だから機会を伺ってたの」 「いえ、でもでも…なにも接点は無いとは思うんですけど…」 「『いつも資料がわかりやすい寺坂さん』って言うのは、名倉さんの時代からのうちの共通認識だよ?」 名倉さん=前の光信堂の担当者だ。 私は社外の人間と関わることはほぼ無いし……第一私の名前が意外と認識されていたということに驚いた。 「それにね、いつもお土産美味しそうに食べてるでしょ?だからねぇ、美味しいもの食べさせてあげたいなって思ってたの」 正直私は、顔から火が吹き出そうだ。 そんな食い意地張ってるところまでも彼に見られていたなんて。 そんな石化する私を差し置いて、彼は相変わらずクスクスと笑っている。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

141人が本棚に入れています
本棚に追加