海辺にて

5/8
122人が本棚に入れています
本棚に追加
/121ページ
彼は抱っこされている佑依を見つめながら、こう言った。 「佑依、じいじとばあばだよー」 ──佑依がこの意味を理解する日はいつだろうか。 ここの石碑は私達両親も眠る、先祖代々のお墓だ。 潮風に晒されているから劣化は早く、随分と風化したように見える。 私が二年間一度も訪れなかった場所。 それでも、きちんと管理されている跡がある。 そびえ立つ雑草も無いし、何十もの層になった埃を被っているわけではない。 それは二年の間、誰もここを訪れなかったわけではないという証拠だろう。 もう遠縁の交流のない親戚ですらたまにしか来ない場所だから……きっと彼か、彼らの関係者か。 彼は桶の水を、柄杓で掬って墓石にかけている。 ただ水が伝う様子を眺めては、ぼんやりと想いを巡らせていた。 ──妊娠が発覚した時、私は海外に居た。 日本を離れ、ビザ無しで長期滞在できる国を転々とする予定で、その中で身の振りを考えようと思っていた。 その中で妊娠が発覚し、激しく動揺した。 心当たりは……一つしか無かったから。 ──正直佑依を産むことついては、最後まで悩み、苦しんだ。 佑依は決して、愛し合っている夫婦のもとに授かった子ではない。 一時(ひととき)の快楽の中から生まれた、望まれていない子供だ。 そんな子供を産んで、ちゃんと育てることができるのか。 そんな子供を愛することができるのか。 ──そして何より、流れている『血』を許すことができるのか。 混濁とした思いの中で最後まで悩み、苦しんだ。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!