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──この感情だけで生きていけたら、どんなに良いだろうか。
過去も未来も関係なくて、今のこの気持ちだけで生きていけたら……。
そうすれば、苦しまずに済むのだろうか。
でも過去は消えない。
彼らに与えられた傷は、癒えることはない。
だから………どうしても、許すことができない。
でもそれが、とても、とても、苦しい。
──その時だった。
ザッザッと、後ろから砂浜を踏む音が聞こえる。その音はどんどんと私達に近付いてくる。
何気なく振り返ったその瞬間──私は硬直した。
「あ………」
後ろに居る一人の男性。
「父さん」と彼が呼ぶ。
──一瞬にして、記憶の蓋が開いていく。
あの日何人もの人を引き連れてやってきたあの人。『申し訳ございません』と私に頭を下げる後頭部。
遠くから私を見つめる、憂い気な瞳も。
頭の中でとめどなく流れ続けるのは、あの時のこと。
記憶で頭が溢れていき、身体が動かない。
「史織さんだね?」
その人は私を見つめて問いかける。
バクバクと痛いぐらいに鳴り続ける心臓。金縛りにあったように動かない体。真っ白になる頭。感情が何も出てこない。
でもその人は……私と違って、にこやかな笑みを浮かべた。
「会いたかった……」そう言って強く、強く抱き締められる。
本当だったら……突き飛ばして逃げるはず。
突き放すべき人だ。
でもその声は、本当に本心だと思えたから。
心から私を心配する声だったから。
──だから素直に涙を流して、抱擁を受け入れることができた。
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