まるで氷のようで──過去(佑一朗)

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それは大学に入学して間もない頃だった。 『祖父が事故で危篤』との連絡が入った。 もう既に虫の息で、おそらくすぐに息を引き取るであろうという内容だった。 バチが当たったか。なんて本気で思うぐらい、悲しい感情は湧かない。 最期ぐらい嫌みでも言ってやろうか。 そういうことを思いながら、指定された病院に向かった。 時刻はもう夕方。沈みそうな太陽で、病院の建物が真っ赤に染まっていた。不気味なぐらいの深紅色をしていた建物を、今でも覚えている。 窓口で名前を告げると、救急の病室が案内された。案内された通りに、まっすぐな廊下を歩いて行く。 そしてそこの角に差し掛かった──その瞬間だった。 「申し訳ございません!!」 声に驚き、足を止める。 静かな廊下に響く、大声。 それは──紛れもなく、父の声であったから。 (父さん……?) 身を隠すように、角に隠れて辺りを伺う。 そこで見た光景。 それは……父と数名の部下が土下座をし、頭を地面に擦り付けている姿。 「申し訳ございません」と、次々と謝罪の言葉を叫ぶ部下達。 そして、それを一人で見つめている女の子。 陶器の人形のように無表情で……感情のない瞳でその様子を見つめる、一人の女の子がいた。 ──それが史織を最初に見た姿だった。
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