後ろ姿

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後ろ姿

恣羅を家まで送ると、自らの家へ足を向ける。 3年前のことを思い出しながら夜空を見上げる。 煌々と輝く月は雲に隠れて薄暗い。 でも、そのおかげで心做しか星が見やすい。 そう思いながらふと視線をさげたとき、とある少女の後ろ姿が見えた。 一瞬で分かってしまった。 少女(それ)が誰だか。 「あれ、花綵?」 こんな夜遅くに何をしているんだろうと思ったが、それは俺もか、と声をかける。 振り返った彼女は俺が思い浮かべていた人物そのもので、その瞳には涙が浮かんでいた。 「っ、花綵、なんで泣いて………?」 「っ、ぁ、深田………」 花綵は寒さに耐えるように腕を抱えて歩いていた。 いや、怯えるようにして震えていたのだろうか。 そろそろ春も終わりとはいえ、夜中はまだ少し肌寒い。 そんな中、半袖で出てきたら寒いだろう。 見つかってしまった、そんなことでも思っていそうなその顔が俺に訴えてきた。 『助けてほしい』と 俺は何も言わずに花綵に近寄ると、その頭を優しく撫でる。 「泣けばいい。悪いことは何もない」 責任感の強い花綵だから、きっと自分が直接的に何かをしたわけではないのだろう。 それでも、花綵の心に何かが刺さったのだ。 言葉通り、悪いことなんて何もない。 すると、花綵は俺の胸に飛び込んできて、声をあげて泣き始めた。 普段、あんなに明るく、だが大人っぽい花綵にも、こんなに子供らしいところはあるのか。 そう思いつつ、宥めるように彼女の頭を撫で続けた。 あぁ、こんなときにでも俺はこんなことを思ってしまう。 普段の明るい彼女もだが、泣いていてもなんと愛らしいのだろうか。 彼女は心の底から悲しんで泣いているのに、役得、と思ってしまう自分がいる。 しばらくすると、泣き疲れたのか、花綵は俺の腕の中で寝息を立て始めた。 人気者にも裏はある。 なにが彼女をこのようにして泣かせるのか。 理解に苦しむ。 それは、人気者故の弱みなのだろう。
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