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☆
果たして9月21日。
子どもたちとやってきた私を、ラボのみんなが温かく迎えてくれた。
そしてその時はやってくる。
私は時刻を気にし続けていた、爆発の時間は毎回変わらない、だからその時間の前に子どもたちだけは違う場所に行ってもらいたい。
私は何度も死ぬけれど、生き残った人たちには未来があるはずなのだ。あの爆発に巻き込まれて死はおろか、怪我だってしてほしくない。
「はい! じゃあ、この物質が、判る人ー!」
元同僚が声をかけ手を上げるよう促す、子どもたちの何人かが手を上げ答えようとしていた。
連れ出すタイミングがつかめない、どうしよう、刻一刻と近づくその時にソワソワしてしまう。
「あかね? どうしたの? トイレなら行って来な?」
海翔に言われた、トイレか、それにみんなを誘って……ううん、行かないって子もいるかも。
「えっと、はい! 私、ちょっとお腹空いちゃった! カフェテリアって行ってもいいの?」
言えば元同僚がまだ途中なのにと文句を言う。
「ちょっとだけ! ここの焼き立てパンが美味しいの、みんなにも食べてもらいたい!」
そしてこの研究室とは違う棟だ、きっと安全である。
「んー、じゃあ15分くらい、休憩にしようか」
元同僚が言ってくれて助かった、私は子どもたちに声をかける。
「あかねがいてくれて助かった」
海翔がお礼を言ってくれる、カフェテリアなどコースには入っていなかったからだろう。福利厚生も大事よ。
「せっかくだからね」
子どもの背を押しながら言う、早く、早く、あと3分──!
「あ、そうだ、あかね」
元同僚に声を掛けられた、うん、私は残れと言うことね、判ってる、爆発は回避できないんだもん。足を止め元同僚の手元の資料を覗き込む、思ったような結果で出ないんだけど私ならどう思うかと聞かれた。もう研究から離れて何年も経つ私にそんなこと聞かなくても──そう思いながらも嬉しかった、腕を組み、唇に指を当て、元同僚の話を聞き自分の意見を脳内で固めてみる。
その時、私の肩越しに覗き込む存在に気づいた。
「……海翔……!」
一緒に行っていないのか──! 子どもたちの付き添いは、海翔の他にサッカーのコーチはふたりいて、ラボの職員もふたりいる。海翔がいなくても4人の大人がついていることになるけど、なんで残ったのか!
「いや、研究職だったのは話に聞いてただけだから、こうやって見てると本当にあかねがそうしていたんだと判って、かっこいいなと思ってさ」
海翔はニコニコと微笑み言う、さらに言えばその足元に3人の子どもが残っていた、カフェテリアに興味がない子だったのか。
「ありがとう……! すぐにカフェテリアに行って! クッキーもおいしいのよ!?」
言えば子どもたちは目を輝かせたけれど、海翔は唇を尖らせ「えー」と文句を言った。
「じゃあ、あかねも行こうよ」
無邪気に誘ってくれる。
「うん、話が終わったら行くから!」
ごめん、嘘、もう会えないの。でも大丈夫、また3年前で出会えるからね。
「じゃあ、あかねが話してるの、聞いてる」
「聞いてても判らないでしょ、カフェテリアに──」
瞬間海翔の髪が揺れた、爆風だと思う前に私たちの体も飛ばされる。
ああ、なんてこと。海翔も子どもたちも巻き込んでしまった。ごめんね、痛いよね、苦しいよね、守ってあげられなかった──!
「……あかね……」
絶え絶えな海翔の声は私の髪にかかる、瞬間抱き寄せてくれたのを知っている。今、私は海翔の腕の中にいた、大きな鉄板が私たちふたりの腹部に刺さっている──痛みは感じないのが不思議。
「ごめん……庇ったつもりだったけど……一緒に、やられちまったな……」
「ん……」
床に倒れたまま海翔の体を抱きしめる、庇うなんて無理だよ──子どもたちの泣き声がする、元気な声は致命傷は受けていないと信じたい。
「私こそ、ごめん……助けて、あげられなくて……」
知っていたのに、こうなること。海翔だけは怪我なく帰って欲しかった。
「はは、まあこの状況じゃ、助け合うったって無理だったな……ともあれ、あかねと一緒に死ねるなら、いっかぁ……」
再度抱き締め合った、海翔の体温と体臭を感じながら意識が遠のいていく。
あなたの死を意識してからではないのが唯一の救いかな、でもそうだとしたら、海翔は私を死を悟ったのかな、それは申し訳ない。
今度出会った時は、もう少し上手にやるね──。
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