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プロローグ
中世ヨーロッパ風の農村にアイドル衣装のフリルが揺れる。
闖入者にどよめく傭兵たち。
そばには人質が――この村の少女と選王候の高慢息子がいる。縛られてはいるけど五体満足。大きなケガもなさそう。
わたくしは隣のマルガとうなずきあう。
傭兵たちは武器を構える。
突如空から降ってきたわたくしたちにこの反応の速さ。さすがは歴戦の戦士。ここまで生きてこれたのもうなずける。
こんなことしなくても生きてられるなら、もっと良かったのにね。
「一応伝えておくわ。武器をおろして人質を解放して」
「あぁ? 領主んとこの魔導騎士か?」
「こーんな“かわいい”お嬢ちゃんたちが?」
「もしかして代わりにっつーことかよ!」
ゲラゲラと笑う傭兵たち。
不愉快。けれど傭兵たちの事情は聞いている。だから案外腹は立たない。
「譲歩ってんならまず領主だろ。こちとら仕事はきっちりこなした。反故にしたのはそっちだろ?」
ひときわ眼光の鋭い男――傭兵隊長が口を開いた。
彼らの罪状は農村での略奪。理由は報酬未払いの領主に対する報復。
つまり傭兵たちの目的は仕事の対価。
ここの領主が報酬を渋る理由はただ払いたくないだけ。
対して傭兵たちの仕事ぶりに落ち度はない。
どう見ても領主が悪い。
前のわたくしだってサービス残業は好かなかったようだもの。
「わたく――わたしも領主が報酬を支払えば済むでしょ、と思うわよ。でもこちらも仕事なのよね。それもお世話になっている人経由の」
「あの、ひとつ提案があります……。領主さまからいただいた、私たちへの報酬を差し上げます。それで手を引いていただけないでしょうか?」
「いくら? …………足りねえな」
マルガがおずおずと伝えた額に、傭兵隊長は首を横へ振った。
ダメか。ケチくさい領主め。あの商人ももっとがんばって交渉してほしかった。
やはりわたくしも加わるべきだったかしら。けれどあまり首をつっこんだら顔をつぶしてしまうでしょうし。
「仕方ないわ、やりましょう」
「うん。……申し訳ないですけど、出ていってもらいますね」
マルガがギターを構える。わたくしは光る鍵盤を展開した。
ギュイン。マルガがギターをひと鳴らし。うん、調子は良さそう。
さすがにデビューライブの観客が、近くの村を襲う傭兵集団とは思ってもみなかったけれど。
とっておきの衣装はマルガと色違い。練習だってしてきた。のどの調子もバッチリ。
ねぇ、フリーデ・ツェツィーリア・シュテファニ・フォン・ゼーヴァルト。
いいえ、今のわたくしはただのシュテフィだけれど。
今日がきっとわたくしたちの、アイドルとしての一ページ目になる。
わたくしはピンクゴールドの髪をひるがえしてマルガにアイコンタクトを送る。
マルガもテラローザブラウンの髪を揺らして小さくうなずく。まるい金色の目が緊張したように、そして少しだけ興奮したようにキラリと光った。
きっとわたくしのブルーの目も同じように光っていることでしょう。
マルガはギターを構え直して、わたくしはピアノを出現させて、胸いっぱいに空気を吸いこむ。
「私はギターのマルガレーテ!」
「わたしはピアノのシュテフィ! サインをもらうなら今のうちよ!」
「は? サイン?」
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