一章

1/7
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ

一章

彼はあまり箸を使わない。  というより、箸を使う料理を好まない。口にはしないが、そんな心のモットーのようなものを、私はいつも感じている。  彼はハンバーガーやポテト、フランクフルトのような、手でムシャムシャと食べられるものを好む。  今もそうだ。メニュー表を見る限り、このカフェでのおすすめはアボカドサーモン丼と、青菜と羊肉のカレーだ。現に私はアボカドサーモン丼を食べている。別にアボカドとサーモンが食べたくて食べたくて仕方がなくて、涎をたらしていたわけではない。  だがメニュー表を見ればアボカドサーモン丼のオススメ度合いがわかるし、それに従ってしまうのが我々日本人というか、もはや人間なのではないか。  なのに彼は、メニュー表で写真も載っていないし推されてもいないホットドッグを注文してムシャムシャと食べている。  さらに注文時には、店員に「マスタードべらがけで」という、よくわからない注文をしていた。それは牛丼屋で「つゆ抜きで」と頼むような堂々たる言い草だった。いつも俺はこれなんだ、という雰囲気を醸し出していた。私は一瞬カッコいいのではないかと錯覚したが、店員の去り際の表情を見て正気に戻った。  やはり、彼はおかしい。  巨大なホットドッグから溢れんばかりのケチャップとマスタードを、食べるというよりそのまま口元にべチャリとつけているくらい、彼の口元は赤と黄色まみれである。それはピエロのようでもあり、マクドナルドの有名なマスコットのようでもある。  彼はそんな口元お構いなしに、これでこそホットドッグよ、といった具合だ。  彼は知っているのだろうか。ここはお洒落なカフェなのだ。店内の端に佇むモンステラが泣いている。隣の席の若い女子たちが引いている。  だがはっきり言って、そんなことは大したことではない。メニューの中の何を食べようが自由だし、カフェで彼氏が浮いているくらい可愛いものである。  彼には、もっと気になることがあるのだ。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!