一章

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 それは服装である。  実は服装に着目すると、先ほどのホットドッグパニックに代表されるような彼の行動が、少し納得できてしまうのである。だが言っておくと、彼の行動として納得出来るだけで、私の常識では全く納得できない。これが困ったことなのだ。  彼の服装は、はっきり言えば西部劇に出てくる「カウボーイ」のそれである。大きなつばのハットに、ウエスタンブーツ。シャツの上には革製のベストを羽織っている。  もちろん彼は私と同じ日本人だ。それなのに彼は、そんな格好をしているのである。  カウボーイを、私は間近で見たことはない。検索サイトで調べたこともないので、カウボーイの正式な生誕の地は知らないが、なんとなくアメリカだろうと思っている。  アメリカの西部劇に出てくる印象で、それは日本で言うところの侍による時代劇なのだろう。  私は、おそらく彼以外では、カウボーイのコスプレをしている人を見たことがない。もちろん生カウボーイも見ていない。そもそも侍や海賊と同じように、現代でも存在するのかさえわからない。もしかしたら完全に絶滅しているのかもしれないとさえ、思う。  私がカウボーイを見たことがあるのは、漫画のキャラクターだったり、西部劇のイラストや映画の登場人物であったり様々である。その多種多様で断片的なカウボーイの情報が頭の中で育って、今のカウボーイの印象を作っている。  そんな私が言えるのは、彼はまさしく一般的なカウボーイの服装をしているということだ。二十代前半の日本人男性としては異常な服装だが、カウボーイとしては平均的なのである。  あらためて彼を眺めてみる。  室内でも、ご飯の最中でも、彼はカウボーイハットを脱がない。つばが広くて、色は小麦色。何かの毛皮でできているのだろうか。全体的に天井から糸で引っ張られているように上に向かって反っている。  一度興味本位で「どうして、そんなに帽子が大きいの?」と訊いたことがあるが、彼は「それはね、格好良いからだよ」と答えた。童話の赤ずきんの一幕のような会話だったことに、私はあとから気づいた。だからといって、どうすることもできなかった。  彼は、産毛くらいしか生えていない顎髭を触りながら得意気にそのことを言った。そのとき、私は誓ったのだ。もう服装のことは訊ねないし、放っておこうと。  だがこのような大衆の場に晒されると、どうしても気になってしまう。  シャツは普通なのだが、その上に着ているベストがまた厄介である。かなり厚手で、一般的に男性がスーツのジャケットの中に着るようなジレを、五十枚ほど重ねたくらいの厚さに見える。  さらに腋周辺には、謎のヒラヒラがついている。ヒラヒラがついている意図も謎だが、その素材も謎だ。パッと見たところ、ピアノの鍵盤の上に被せるフェルトのような素材に見える。もちろんそんなことは言わないし、ヒラヒラについての質問もしない。ヒラヒラは、ただヒラヒラしているのである。  ジーンズは太ももの部分が細くパンパンで、膝くらいまであるのではないかというウエスタンブーツの中に入っている。短足な彼には全く似合っていない組み合わせである。  ちなみにウエスタンブーツではなく、普通のトレッキングシューズのような靴を履いているときもあり、そのときはまだ見た目的にはマシである。マシといっても、悪目立ちすることに変わらない。ブーツインの今日は、さらにハズレの日というだけである。  あとはホルスターだか知らないが、銃を入れるための革のケースを腰につけている。もちろん本物の銃も、誤解を招くような玩具の銃も入っていない。つまり彼のホルスターは、ホルスターであって、ホルスターではないのである。役目を果たしていないのだ。  食事を終えた彼は、紙ナプキンで豪快に口元を拭いている。  誰がために何のために、こんな格好をしているのだろう。 「ちょっと吸ってくるわ」  そう言って、彼は店外に出ていった。彼はいつも食事が終わると、産毛のような口髭を触りながら、喫煙場所に向かう。  私は黙って見送った。
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