自由

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自由

ボスの名はリグドという。若くはないが強く賢い。お腹の大きなオオカミはマーサという名で、リグドの奥さんだ。ほかにも奥さんがいたらしいが、グリズリーに殺されたそうだ。その子どもたちが2頭のあいつらで、ミッチとジョニーという名だ。 「おまえ、リックと言ったな」 オオカミの群れは家族でありそのボスはつまり家長だ。絶対的権力者でもあり、そしてときに優しい父親でもある。群れはほとんどボスの子どもか近親者で構成されている。ぼくは本当に例外なんだ。 「はあ。飼い主のロバートがつけてくれました」 オオカミは常に集団で群れているわけではない。大物狩り以外は2、3頭のグループに分かれ獲物を探し、狩りをする。大きな獲物が見つかれば遠吠えで知らせ、なかまの方に追い込んでいく。 「そうか。ところでおまえ、ここで生きる術を誰から教わった?」 「えーと、みんなからです」 「みんな?」 「最初の先生はウッドチャックと言ってました。それからつぎの先生は森の女王のミーアという名のヤマネコさんです」 「ぷ」 リグドは笑ったようだ。いやそんなにおかしいことなのか? 「やれやれ、マーモットにカナダヤマネコか。とんでもねえやつらに教わったもんだ」 「いけませんでしたか?でも、ぼくがいままで生きて来れれたのは、みんなのおかげなんです…」 「悪いって言っちゃいねえさ。むしろお前によくしてくれたんだ、感謝しとけ」 「はあ」 「ところで…」 そう言うといきなりリグドはぼくの首筋に噛みついた。鋭いオオカミの牙がぼくの首に突き刺さる。ああ、息ができない。体は突っ張り、震え、もうどうにもならない。ぼくはもう死ぬ、そう思った。恐ろしい唸り声をあげリグドは何度も首を振り力を入れて来た。そのたびにぼくの全身は大きく揺さぶられた。獲物を狩るときはまず首を狙い、血管と気道を圧迫し失神、窒息させる。それが基本だった。 ブチ、っと大きな音がした。きっとぼくの血管が食い破られたのだと思った。そう思ったら力がみるみる抜けていった。そうして、どういうわけだか呼吸も楽になっていた。ああ死ぬのか…。 「おい、いつまで呆けてるんだ。立て」 「え?」 リグドは口に何かくわえていた。それはぼくの首輪だ。リグドはぼくの首に食い込んでいた首輪を噛み千切ったのだ。 「おまえはもうペットでもなければ番犬でもねえ」 そう言ってリグドはぼくの鼻さきを舐めた。 「そしてお前はもう自由だ。おまえは今日からオオカミになったんだ。だがまだ一人前じゃねえ。いいな、図に乗るんじゃねえぞ、小僧」 「はあ…」 「そういうことで、いいな、ジェシカ」 「ちっ」 すぐそこに若いメスのオオカミがいた。すごいいやな目でぼくを睨んでいた。 「そういう顔をするな。いろいろ教えてやれ。いいな」 「なんであたいが?ほかに適任がいるだろう。ティップだってモローだって」 「おまえがこいつの教育係だ。そう俺が決めた。逆らうのか?」 「わかったよ!ああ、ついてねえなあ」 ジェシカというオオカミはあからさまにぼくに唸り、そして走って行った。 「ほらはやく行け」 「え?」 「ジェシカは俺の娘だ。はねっ返りだが探索と追跡はだれもまねができん。よく教われ」 ぼくは何が何だかわからなかったが、とにかく走った。走ってあのジェシカという若いメスのオオカミの後を追った。なにも考えられなかった。ただ、リグドの言った『自由』という言葉だけが頭に響いていた。
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