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ぼく、ワイルドになる
ロバートと一緒に来たのはロバートの婚約者だった。と、ぼくは想像した。だってロバートの指に見たことのない指輪が光っていたから。ぼくは彼女に精いっぱいの敬意をはらい、まあ早いはなし顔をなめさせてもらった。これが犬の親愛のあいさつなんだからね。
「ほらきみが大好きだって言ってるよ、リックは」
「わかるの?」
「もちろんさ。わかれたときは仔犬だったけど、こんなに大きくなってもリックはリックさ」
ロバートはあの飛行機事故で助かったんだね。死んでなかったんだ。ああなんて素晴らしいんだ。ぼくはうれしくてうれしくて、ついクンクン鳴いてしまっていた。ロバートと彼女は愛おしそうにぼくを撫でてくれた。
「さあリック、うちに帰ろう!」
そうロバートが言った気がした。うちに帰る。温かい暖炉のある、いつもごはんのある家に。もう倒木の下を掘らなくても、ネズミの巣穴を掘り返さなくても、おいしいごはんが食べられる家に帰れるんだ…。
そう思ったら急にドキドキした。帰れるのに、なぜか不安な気持ちになった。どうしようもなく心が落ち着かなくなって、そしていたたまれなくなった。
「どうしたリック?帰りたくないのか?」
帰りたい。ロバートとぼくの家に帰りたい…。でも…そうじゃないんだ。ぼくのいるべきところは…温かい暖炉の前じゃないんだ。ぼくはなかまのところに帰らなけりゃならないんだ…。
「おいリック!どうしたんだ?」
「待てロバート。こいつ、オオカミの群れと一緒にいたんだ」
「オオカミ?どういうことだマイケル?」
「ああ、ハイイロオオカミの群れがこいつとグリズリーを追っかけていた。おそらくこいつはオオカミたちの群れと一緒にいたんじゃないか?」
マイケルがロバートに何か言っている。きっとぼくのことを話してくれているんだ。
「そんな…。しかしやっぱり連れて帰る」
「やめとけよ。こいつは群れに帰りたがっている」
「いやそれってオオカミだぞ?オオカミの群れに帰るって、こいつは犬なんだぜ?シェパードなんだぜ?飼い犬なんだぞ!」
マイケルは静かに頭を振った。
「もう飼い犬なんかじゃないさ。こいつは立派なオオカミなんだよ」
「ありえない!」
「ロバート…わたしもこの子を見ててそう思ったわ。この子が必要なのはわたしたちじゃない。人間のわたしたちじゃなく、この子の仲間…いえ、家族なのよ」
「家族…そうなのか?リック…」
ぼくはクーンと鼻を鳴らすしかなかった。ロバートが何を言っているのかわからなかったけれど、きっとぼくの気持ちをわかろうとしてくれているんだと感じた。
「わかった…でも俺は寂しいよ、リック」
「クーン…」
肩の傷はまだ痛んだ。でも走れないほどじゃない。少し前足を引きずりながら、ぼくは歩き出した。ロバートが小さくなって見えても、彼らはぼくに手を振っていてくれた。冷たい風が森を吹き抜けて行く。もうじき雪が降る。長く厳しい冬が来る。
遠吠えが聞こえる。ああ、リグドと、そして…ジェシカの声だ。
ああぼくは帰って来たんだ。
――そう、ぼくは少しだけ、ワイルドになってね。
ぼく、ワイルドになる ―― 完
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