恐怖

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恐怖

何日も山の中をさまよった。それはそれはおどろくほどハイイログマのテリトリーがあって、それをいちいち避けなければならなかったからだ。渓谷沿いのルートは危険だった。熊は魚が好物だ。しょっちゅう川に魚を獲りに来る。 「とは言っても岩だらけの道じゃあなあ…」 森がなければ空から見つかりやすい。オオワシにすぐに見つかる。あの鋭い爪でつかまれたら終わりだ。 それなら草むらの中しかない。森の端に広い草むらの草原が至る所にある。山を下りるには遠回りだったが、そこを行こう。 ある夜、奇妙な声を聞いた。大きな月が出ていた。それに向かうように、歌うように、声が聞こえた。犬のような声…。どこかうっとりするような、それでいてとても怖い感じのする声だった。 翌日、その声の正体がわかった。一頭の大きなヘラジカを、何頭もの犬が襲っていたのが見えた。いや、あれは犬なんかじゃない。もっと恐ろしいものだ。 ぼくは草むらの中に臥せって、ずっとそれをやり過ごそうとした。それがいけなかった。 「ほう?こんなところに犬がいるぞ」 「こいつ、野犬ですかね?」 「ちがう。窮屈そうに首輪をしている。きっと飼い主とはぐれたバカだ」 ぼくのうしろでそう声がした。だけどぼくは少しも動けなかった。なぜって、それはとても恐ろしい気配だったから。ぼくははじめて、殺されると思った。 「どうします?殺しますか?」 「ふん、まだガキだ。すぐ死ぬさ」 「しかしここらをうろつかれたら面倒ですよ?近ごろあのグズリの野郎ものさばってきてますし、厄介ごとが増えるだけです」 「それもそうか。そうだな、ここで殺しておくか」 震えながらぼくは彼らがそう言ったのを聞いた。そうさ、ぼくはガキだ。弱いし、勇気もない。誰かに守ってもらわないと生きてもいけない。師匠は言った。生きるって意味はなにか?森の女王のミーアは言った。生きる覚悟って。そうだ、ぼくは生きてロバートに会わなきゃならないんだ。だってロバートはぼくの大切な、家族なんだ。ぼくは起き上がり、勇気を振り絞り叫んだ。 「おいおまえら!勝手なこと言うな!だれが殺されてやるもんか!」 「いやそういう威勢のいい言葉はこっち向いて言え」 呆れたようにぼくのうしろのそれは言った。ぼくはおそるおそる振り向いた。そこには大きな体躯の犬のようなやつがいた。 「あなたたちはなんですか?」 ぼくの言葉に一瞬キョトンとした顔をしたそれは、いきなり笑い出した。 「わっははははっ、なんだ、おまえ、俺たちを知らないのか?こいつは傑作だ!おい、ラルフ聞いたか?」 「まったく、ほどがありますね、ボス、この森で俺たちを知らないなんて」 「おいぼうず、いいかよく聞け。俺たちはな、ハイイロオオカミっていうんだぜ」 ハイイロオオカミ?え?オオカミって、もしかして…。 「あなたたちはオオカミなんですか?」 「そうさ。俺たちはとっても恐ろしいオオカミさまだ。母ちゃんに寝物語で聞いたことあんだろ?さあ、どこから食われたい?前足か?それともケツからか?」 ああ、なんてこった。ぼくは本当にどうしようもないな。
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