饗宴

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饗宴

森をぬけるとそこは切り立った岩山だった。そこが彼らの巣のようだ。 「オーケー、ここらでいいだろう」 ボスがそう言って辺りを見渡した。するとすぐに3頭のオオカミが岩山から降りてきた。2頭はまだ子供で、もう1頭はお腹の大きなオオカミだ。 「お帰り、あんた。みな無事なようね」 「ああ、問題ない。いい獲物が狩れたぞ」 「おかしなものを連れてるわね」 「途中で拾ったんだ」 「こんな人間の匂いをプンプンさせているやつをかい?あんた焼きが回ったんじゃないの?」 どうやらぼくは歓迎されていないようだ。もっとも、ここに来るまでぼくはほかのオオカミたちからもあまりいい扱いは受けていない。少しでもぼくの体がオオカミたちに触れると、オオカミたちは唸り、吠えた。 「人間の匂い、か。まあそうだな。だが見てみろこいつを。きっと小さい時にこの森に捨てられたか迷い込んできたんだ。首輪が首に食い込んでるだろ。こんなになるまでこいつは生きてきた。それは運がいいか、しぶといか、だ」 「ボス」 顔中血まみれになったオオカミが恐る恐る、といった体で声をかけてきた。みなおあずけして待っているんだね。 「ああいま行く」 ボスはそう若いオオカミに言い、振り返るとそのお腹の大きいオオカミの鼻先を舐めた。 「身重のお前が心配するのもわかるが、この件は俺に任せておけ。さあはやく食いに行くぞ。じゃないとみんな食えねえからな」 「わかったよ。まったくあんたはほんと、物好きなんだからね」 ボスはぼくを睨み、そしてお前も来い、と言う仕草をした。ぼくはヘラジカの血の匂いに誘われるように、ボスの後をついて行った。 それからオオカミたちの饗宴がはじまった。まずボスが獲物を食う。内臓からだ。それが掟らしい。群れには序列があって、新参の、しかもよそ者でオオカミですらないぼくは当然最下層だから、食事も当然最後だった。 前足ぐらいは残ってるといいな。ぼくはみなが貪り食べているその後ろで、溢れてくるヨダレを必死に舐めて抑えていた。子どものオオカミだろう。我慢しきれずヘラジカに噛みついて、ほかのオオカミに怒られた。 この世界は強いものがすべて正しいのだ。弱いやつは死ぬか、強いヤツにすがるしかないのだ。 腹が膨れたやつからその場から離れる。あとはそれぞれの巣穴に戻り、眠る。ようやくぼくと子どもたちの食事の時間だ。もうたいして残ってなかったが、それでも食べられるだけでありがたかった。地面に流れている血も丁寧に舐め取った。小石や土も混じっていたが、ぼくは気にしなかった。ロバートはよく、地面に落ちたものは食うなという仕草をしたが、それがなんでなのかよくわからない。だってこんなにおいしいのに。 もうぼくはきっとロバートとは会えない。そう思い始めていた。ロバートはきっと死んでしまったんだ。ぼくはこのさき二度と人間と暮らすことはないと、岩山の向こうに出た月を見ながらぼんやりと思った。 岩山の頂上で、ボスが遠吠えをしている。ここが我らのテリトリーだと、ほかのオオカミたちに知らしめているのだ。
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