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ぼく
偉大なるカナダの大地に
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ぼくはごく普通の、平和な家庭に生まれた。温かいベッド、温かいごはんがいつもあって、そして温かい暖炉の前がぼくの定位置だった。
「リック、おいで」
小さかったぼくは、彼が何を言っているのかわからなかったが、その単語だけはぼくのことを指して言っているってことは理解できた。だって、それはとても温かい響きだったのだから。そうして彼が撫でてくれる。優しく、ときに荒々しく。ただ、いつもその温かいぬくもりは、ぼくのあらゆるからだの感覚を、心地いいものにしてくれた。
ぼくは散歩が好きだった。うっとりするような匂いの土やお腹が減るような匂いの草、それこそ鼻がひん曲がるようなおかしな匂いのする虫、そしてなにより、ぼくと同じ仲間の…匂い…。
公園の陽だまりの中で、ぼくらはよくじゃれあったね。とくにお気に入りだったのがチェッキーと言う名のバーニーズ・マウンテン・ドッグと言う犬種だった。彼女はとてもシャイで、そしてとても優しかった。リレッタと言う名の飼い主に連れられて、いつも朝早い公園に来ていたっけ。
ぼくの飼い主はロバートと言うカッコいい名。気のいい、建築士って仕事をしている。彼は若く独身だったが、近くトロントっていうところの町のお嬢さんと結婚することになっていた。ノースウエストのイエローナイフっていうこのド田舎に住むロバートと、どういう経緯で知り合ったのか、ぼくはちょっと興味があったけどね。
そうしてぼくはロバートに連れられ、週末、彼女の家に行くことになった。彼は朝からそわそわして、そりゃあとっても興味深い仕草だったんだ。ぼくはまだ子供で、単に異性同士の気持ちなんてわからなかったけど、彼の面白い行動や、小さな空港までの道行きのふだん見られない景色に、ぼくはただ喜んでいたんだ。
それが、あんな恐ろしいことに…。
ぼくは窓から見ていた。ロバートのとなりで。その十一人乗りの小型旅客機は真っ黒い雲に突っ込んだとぼくは思った。すごい振動と稲光のあと、ぼくと大好きなロバートが乗っていた飛行機は、墜ちた。
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