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勇者と勇者の戦い ※茶番
荒い波が削る絶壁に立つのはまだ少年といってもいいような若い男だった。
暗雲が垂れ込める中に赤黒い髪が逆立つ。
「オレはガイゼーダ最強の男、ギマ・ダーレン・グリノール!紅蓮の勇者だ!!蛮族どもが、オレにひれ伏せ!!」
真っ赤なマントが翻り、その二つ名を表すように彼の周囲が発光し、その体を浮き上がらせた。
対岸では鎧を着た大勢の兵士たちが岩陰に並び、さらに金属の大盾を構えている。
その奥では、虹色にきらめくの石の王冠を被った初老の男が戦況を見守っていた。
「一瞬で終わらせてやる!食らえ、ファイヤーバレット!!」
上空に浮かぶ彼の周りに空を覆うほどの無数の鬼火が浮かび、彼の掛け声とともに一斉に対岸の兵士めがけてはじけ飛んだ。
しかし火の小玉ごとき、岩を貫通できるほどの威力もなく、まして金属を溶かすほどの温度もない。勇者とやらの攻撃は見た目だけで、ほとんど対岸に被害を出すことがなかった。
派手なアクションを決めたポーズのまま、マギ何とかは固まっている。
ガイゼーダ側の勇者(笑)の攻撃が止まったのを見計らったように、対岸から兵士たちを飛び越え、丁寧になめした軽い皮の鎧を身に着けた青年が立ちはだかった。
それほど大柄ではないが、体はしっかりと鍛えられているのが鎧越しにもわかる。
彼は、自分の背丈ほどもある大岩を担ぎ上げると、自称最強とかいう男に向かって投げつけた。
海峡の波音に、男の気合の唸り声と、少し遅れて大岩が砕けた轟音が吸い込まれた。
「お…、王よ!ギマが…っ」
「ええいっ!次の…次の勇者を出せいっ!!」
「もう我が国の勇者はおりません!ギマが最後です!」
「な…っ」
一瞬、波音が落ち着いた隙を突くように、絶壁の影、対岸からは見えないところで、ガイゼーダ王とその兵士なのか大臣なのか、数人の慌てふためく声が聞こえた。
「お、覚えていろ、ドーリー共!次こそは我が国にひれ伏させてやるっ!!」
残念ながら再び荒れだした波音に、姿の見えない王、らしき男の捨て台詞はかき消された。
哀れ勇者は大岩の下敷きとなったまま捨て置かれ、躯を弔われることもなかったようだ。
対岸ではようやく兵士たちが構えていた盾を下ろし、一撃で敵を退けたまさに『勇者』であり『英雄』に惜しみない歓声を贈った。
その男に向かってドレスを翻した少女が抱き着く。
「シーグル!」
「オルパ姫!?は、は、は、はしたな…ぃですよっ!」
「信じておりました!きっとあなたがわたくしを…我が国を守ってくださると!」
彼女の性格を表すようなまっすぐな黒髪を、意を決したように喉を鳴らしてから英雄シーグル・ウォードアレイは慈しんだ。
何人かの兵士と共に王冠の老人も彼に歩み寄る。
歓声が一瞬でやみ、兵士たちの目が王と姫、そして英雄に集中した。
「シーグル・ウォードアレイ卿、本当によくやってくれた。ガイゼーダ自慢の四天王をつぶしたのだ。しばらくは奴らも我が国に手出しできまい」
「王よ!ありがたきお言葉」
抱き着いていた姫を傍らに下ろし、シーグルは片膝をついてひれ伏した。
自らに恭しく頭を垂れるのは、強さも礼節も併せ持つ申し分のない青年だ。初老の王は軽く息をついた後、被っていた石の王冠を持ち上げると、それをそのままシーグルに戴冠した。
「お父様…!」
姫が傍らで口元を押さえて涙ぐむ。シーグルは頭を垂れたまま。
「…ガイゼーダの願いを一つだけ叶えてやろうではないか…」
冠をなくしてなお気高く立つ初老の男は兵士たちを見渡し、声を上げた。
「今日、今この時をもって、ドーリー王国は終わりとする!これよりこの島は、シーグル・ウォードアレイを王とした新たな国となるだろう!」
それはある程度予定されていたことなのだろう。兵士たちは戸惑うことなく再び歓喜に沸いた。
王冠をなくした男の顔から王の威厳が消え、いまだ頭を下げる青年の前に同じように跪く。
「貴殿なら大丈夫だ。オルパと力を合わせ、新たな国を築いてくれ」
「王よ…」
「もう王ではない。貴殿が新たな王だ」
シーグルはようやく顔を上げ、傍らのオルパ姫の手を取り立ち上がった。
二人を照らすように、厚い黒雲の隙間からまばゆい光が差し込む。
新たな国と二人を祝福する歓声はいつまでも続いたのだった。
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