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追想1-⒁
「国彦さん? ……ああ、さっちゃんの憧れの人ね。ふうん、『五灯軒』で働いてたんだ」
末広町の写真館で出迎えた亜蘭は、何の前触れもなく現れた流介に目を丸くして言った。
「細かいことはこれから説明するけど、『五灯軒』からいなくなった後は青柳町の牧場にいるらしい」
「牧場?」
「平松牛乳店っていう牛乳屋があって、その裏に小さな牧場が……」
「ああっ、その話、兄さんから聞いたわ!もめ事を美しい浪人さんが収めてくれたのよね?」
「いや、浪人じゃなく町人……」
「素敵!この街に天馬さん以外にも美しい男性がいたなんて。楽しみが倍に増えたわ」
そうだろうか、と流介は思った。天馬のような男が二人もいたら頭の痛みが倍になりそうな気がするのだが。
「ところで国彦さんなんだけど、早智さんの話によると以前はハリストス正教会でパンを焼いていたとか。……亜蘭君は覚えてる?」
「はい、少しなら。時々、お見かけして素敵な人だなって思ってました。ただ……」
「ただ?」
「教会の方ではなさそうな外国人の方と、言い合いになっている所を見かけたことがあるんです」
「外国人……」
「あんまりいい感じじゃなかったから、早智には言わなかったんですけど……私の目には国彦さんがその外国人を追い返したように見えました」
「その外国人の顔って、覚えてます?」
「もう四、五年も前だから……でもなんとなくは」
「亜蘭君、今日は薬局は休みなんだよね?今から青柳町まで付き合ってもらえるかな」
「青柳町に? ……いいですけど、若旦那に言っておかなくていいのかな」
「むしろ言わないでください。宗吉君が知ったら首を突っ込んで来るに決まっています」
「……わかりました。牛乳屋さんに行くんですか?」
「牧場にもいずれは行くでしょうが、その前に行くところがあります。時計屋さんです」
「時計屋さん?」
「ええ。謎の外国人の似顔絵を描いてもらうんです。ひょっとしたらその人物は国彦さんが『五灯軒』で働く前からの知り合いかもしれない」
「……どういうことです?」
流介はしきりに首を傾げる亜蘭に笑いかけると「表の通りで待ってます」と言って身を翻した。
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