13人が本棚に入れています
本棚に追加
追想1-⒄
「まいったな、隠れる場所が無いぜ天馬君」
流介があたりを見回しながら言うと、天馬は「そうですねえ……ちょっと遠いですがあそこの郵便箱はどうですか」と涼しい顔で言った。
「あそこの陰に男二人が隠れるのかい?ばれやしないかな。それにかなり離れてるぜ」
「だからいいんです。あれだけ遠い所にある郵便箱をわざわざ見たりはしませんからね」
天馬はそう言うと、流介の意見も聞かずにすたすたと歩き始めた。
「ええと、それじゃあ亜蘭君、安奈君、十分気をつけて。危なかったら大声を出してくれ」
「ええ、ご心配なく。私、多少武術の心得がありますし、露西亜語も少しなら話せますから」
安奈の答えに流介は「そいつはすごい」と感嘆の声を上げた。さすがは天馬の許嫁だ。
「じゃあ、行ってきますね」
安奈と亜蘭は流介たちに手を振ると、少し先に見える牛乳屋に向かって歩き出した。和装と洋装の若い娘がわざわざ牛乳を買いに訪ねてくる……なんとも不思議で妖しい眺めだ。
安奈と亜蘭は牛乳店の前で足を止めると、そのまま相談を始めるそぶりを見せた。うっかりとを開けて中に入ってしまったら、用心棒の出る幕が無くなるからだろう。
――なかなか姿を現さないな。何かを探りに来たと逆に警戒されているのか……
天馬と共に郵便箱の後ろに身を隠した流介は、牛乳店の前で語らう娘たちをはらはらしながら眺めた。……と、牛乳屋の傍にある木の陰から二つの人影が現れ、あっという間に安奈たちの背後に迫った。
「あ……」
「飛びださないでくださいよ」
思わず浮足立った流介を、天馬が冷静な口調で諭した。
「君の婚約者だぜ。心配じゃないのかい?」
「安奈なら大丈夫。僕が行くより安心なくらいですよ」
天馬の落ち着いた態度に驚きつつ、飛びだしたいのを堪えて見ていると安奈がいきなり外国人の一人――あの似顔絵の人物だ――になにやら問いかけるような調子で話し始めた。
「安奈君……」
「喋っているのは露西亜語だな。たぶん露西亜人と見て賭けに出たんでしょう。安奈らしい」
似顔絵の人物と何やら早口でやりあっている安奈を見つつ、手でも出るようなら天馬が何と言おうとゆかねばならぬと身構えたその時だった。
「☓☓☓☓」
突然、似顔絵の男が舌打ちしたかと思うと、もう一人の外国人を促しつつ身を翻した。
――安奈が用心棒を追い払った?
「行きましょう飛田さん。かなり荒っぽいやり方でしたが、結果的に予定通りになりました」
天馬は許嫁の首尾に満足げな笑みを浮かべると、郵便箱の陰から出てすたすた歩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!