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追想1-㉑
「それで今は、牛乳屋の二階で卵にはめる時計を作っていると?」
「ええ、完成までは、牧場の外に姿を現すことはないと思います」
「しかしなぜ、露西亜人たちはその何とかエッグを強引に作らせようとしたのだろう」
「そこですよ問題は。単に高く売れるとか、そう言った理由ではないような気がします」
「それで国彦さんは、無事に時計が完成したら『五灯軒』や早智のところに戻って来るのかしら」
ウィルソンの隣に座っていた亜蘭が、疑わし気な口調で言った。
「わかりません。状況次第では露西亜人の集団にもっと時計を作れ、とそそのかされることもあり得ます。そうなるとなかなか帰してはもらえないでしょう」
「ううむ、それでは『五灯軒』の主も困るだろう」
「はい、ですから我々の中の誰かが会いに行き、時計が完成したらそこを出て料理人に戻ってくれと言わねばなりません」
「一番、いいのは早智さんだけど……」
「方法としては牧場の裏手から敷地に入り、こっそり国彦さんに会うという形が考えられますが、見つかった時のことを考えると剣呑すぎて女性には頼めません」
「当たり前だよ天馬君。盗人並みの犯罪じゃないか」
流介が呆れて言うと、天馬は「気づかれなければよいのです」と少しも悪びれることなく返した。
「では、こういう方法はどうですかな」
唐突に口を開いたのは、ウィルソンだった。
「私の会社で、牛乳をありったけ注文します。店先で牛乳を売っているという兄弟が店を閉めて配達に来ている間に、他の方が牧場に忍び込むのです」
「そううまくいくかなあ……」
流介が訝しむと、天馬が「いいですね、それで行きましょう」と言った。
「明日の昼頃、僕と飛田さんとで牧場に潜りこみます。時間は一刻以内、不首尾に終わっても文句は言わない――どうです?」
「天馬君、探偵が盗人の真似をするのかい」
「ほんの少し、お邪魔をするだけですよ。見咎められたら「お店にいらっしゃらなかったので勝手に牧場を見学させてもらっていました」と言えばいいんです」
「やれやれ、どうして誰も天馬君を止めないんだい。ここに来る人たちはみんな、どうかしているよ」
流介が盛大にぼやくと、安奈が「飛田様、気がつくのが遅いですわ」と言った。
「飛田さん、みんなが面白い記事を書くための手助けをしてくれていると思えばよいではないですか」
ウィルソンはそういうと、目に悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
――いやはや、会社の経営者ともあろうものが犯罪の後押しをするとは。
流介はひとつ太い息を吐くと「……まったく、どうなっても知りませんよ」と諦めの混じった口調で言った。
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