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追想2-⑴
「どうです?」
「うん、札に「クローズ」と書いてありますね。多分、店の中にもいないと思います。行きましょう」
牛乳屋の店先にちらと目をやった天馬は流介の方を向くと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
流介は大胆と言うより何も感じていないかのような天馬の大らかさに、心強さと不安とを同時に覚えた。いったいどこの世界に他人の土地に勝手に入り込む商人がいるというのだろう。
流介は風の如き速さで牧場の裏手に駆けてゆく天馬を、喉をぜいぜいさせながら追った。
――まったく、いつもの呑気な天馬君はどこにいったんだ。
流介が荒い息を吐きつつ建物の裏手にたどり着くと、柵の向こうを見つめながらふむふむと満足げに頷く天馬が見えた。
「良いですねあの木。あれがあれば柵の中に入ってもしばらくは身を隠せそうです」
「建物の中にはどうやって入るんだい?」
「そうですねえ。勝手口か何かがあればいいのですが……まあなければないで何か方法を考えましょう」
天馬はそう言うと、通りに人気があるかどうかも確かめず低い柵をひらりと乗り越えた。
――ああ、ついにやってしまった。
流介は「しかしここで尻込みしてはせっかくの機会が失われる」と自分に言い聞かせ、えいやっとばかりに天馬の後に続いた。
「――うわっ」
勢いあまって近くの木に抱きついた流介は、思わず声を上げた。自分では軽やかに着地を決めたつもりだったが、現実はそう鮮やかにゆくものではない。
「大丈夫ですか?足を痛めると逃げる時に韋駄天ぶりを発揮できませんよ」
流介は息を整えつつ心の中で「いや、君が無茶を言っているだけだろう」とぼやいた。自分は新聞記者であって飛脚でも盗人でもないのだから。
「……おっ、思ったより近いですね。裏口は……どれどれ」
木立の間から透かし見た牧場の一角に、以前見た石造りの建物が裏側を向けて建っていた。
「見て下さい飛田さん。あそこに物を運び入れるための裏口らしきものがあります。もしかしたら鍵がかかっていないかもしれません」
そう言って天馬が指さしたのは、三間ほど離れた壁に取り付けられた扉だった。
「鍵か……確かに開いていれば有り難いが、他人の不用心を当てにするのは気が引けるな」
「ふふっ、やっぱりとことん善人ですね、飛田さんは。不埒な輩と刃を交える時は、悪鬼になってもよいのです」
天馬は恐ろしい言葉をさらりと吐くと、木立から飛びだし建物の方へ風のように動いた。
「お、おい天馬君。……参ったなあ」
流介はおぼつかない足で後を追うと、早くも扉をあらためている天馬の傍に歩み寄った。
「では開けますよ。いち……にの……」
「おい、中に人がいたらどうするつもりだ天馬君」
「――さんっ」
天馬が木の扉を引くと、埃っぽい匂いがして物置のような空間が目の前に現れた。
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