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追想2-⑶
階段を折り切った流介は物置に飛び込むと、そのまま裏口を目指した。
「待ってください、飛田さん」
予想外の言葉に振り返った流介は、天馬の奇妙な振る舞いに目を瞠った。天馬は物置にある上半分を布で覆われた荷車で戸の前を塞ごうとしていたのだった。
「なにをやってるんだい天馬君。急げと言ったのは君だろう」
「念のためですよ。こいつを戸の前に置いて置けば、多少は時間が稼げるでしょう」
流介はよくこんな余計な時に頭が回るなと思いつつ、天馬の機転に感心した。確かに大八車を一回り小さくしたような荷車は、重しとしては申し分なさそうに見えた。
「これでよし。早く出ましょう」
「やれやれ、待てと言ったり早くと言ったりややこしい男だな君は」
流介は毎度おなじみのぼやきを漏らしつつ、裏口を開け放って外に飛びだした。
「……んっ?これはまずいな」
天馬の動きが止まったのは、建物の裏手から柵の方に向かって駆けだした直後だった。
「どうしたんだい」
「通りに人がいます。それも柵のすぐ近くに」
「通りに人が?」
流介が足を止めて木立の向こうを透かし見ると、確かに柵にもたれかかるようにして二人の男性が何やら語らっている光景が見えた。
「止むを得ません。建物の正面に回ってそのまま牛乳販売所の方に向かいましょう」
「販売所の方に、誰かいるんじゃないのかい?」
「いたらいたです。さあ早く!」
天馬はその場で身体の向きを変えると、建物の脇を目を疑うような速さで駆け始めた。
「……これなら、通行人と鉢合わせた方がましだったんじゃないのかな」
流介が広い牧場の中をふうふう言いながら横切っていると突然、背後で「ぱんぱんぱん」という聞いた事のない不穏な音が響いた。
「なっ……なんだ?」
「振り返らないで!あそこがもう店の裏手です。表通りまで一気に突き抜けましょう」
「突き抜けるって……」
確かに前方に目を向けると、天馬が言うように大ぶりの缶が置かれた牛乳店の内部とその奥の玄関とが見えた。しかし、と流介は思った。言うは易いが果たしてそううまくいくものだろうか。
流介たちが牧草の上を駆けている間にも後方のたたたという音は止まず、流介は何だか知らないが当たりませんようにと祈りつつ天馬と共に販売所の内部に転がり込んだ。
「裏の戸を閉めて下さい。前を重しで塞ぎます」
天馬は息一つ乱さずに言うと、大きめの缶を裏口の戸の前に二つほど並べた。
「あとは何食わぬ顔をして表通りに出るだけです。向こうもさすがに店から出てきた「客」を追ってはこないでしょう」
天馬はまだ「敵」の中にいるにも拘らずいつもの呑気な顔に戻り、玄関の戸を開け放つと表通りに「脱出」した。
「ところで天馬君、あのぱんぱんという音は何だったんだろう」
通りに出た流介はほっとしたこともあり、気になっていたことをその場で尋ねた。
「ああ、あれですか。おそらくは古い型のガトリング砲でしょう。当たらなくて幸運でしたね」
「ガト……なんだって?」
「少し前の戦争で使われた亜米利加の武器ですよ。銃を何本も筒状に束ねて取っ手を回しながら撃つんです」
「なんで牛乳屋に戦争用の武器が?」
「さあ、なぜでしょうね」
天馬は面白そうに眉を上げると「さあ、そんなことより安奈たちのところに戻りましょう」と言って通りを歩き始めた。
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