追想2-⑷

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追想2-⑷

「それではただ今より『港町奇譚倶楽部』の例会を始めたいと思います。本日のホストは私、ウィルソンが務めさせていただきます。なお、ゲストとして『匣館新聞』の飛田さんと街一番の頭脳を誇る水守天馬さんをお迎えしました」  酒屋の地下にある秘密カフェ『匣の館』に集まった面々に向け、ウィルソンが丁寧な前口上を述べると、テーブルを囲む全員が頷いた。 「では今回のお題ですが……」 「あ、ちょっとお待ちいただけますか」  ウィルソンが出題しかけた瞬間、続きをカフェのオーナーである安奈がやんわりと留めた。 「今回は事件の中身に通じている天馬から直接、出題するというのはいかがでしょう?」 「なるほど、その方が私もいちいち伺う手間が省けてよいですな。それでは天馬君、お願いします」  ウィルソンは安奈の提案に、即座に頷いた。 「――では、怖れながら今回の「謎」について説明させて頂きます」  天馬は恭しく前置くと「今回の謎は盗難や殺人と言った事件の真相や犯人を解明するものではありません。ある人物が身を隠し、心に迷いを抱えながらもある人たちのために持っている能力を提供しているという話です」と言った。 「みなさんにはこの人物の気持ちでもよいですし、その裏にある人々の企みを想像して下さっても構いません」  天馬はいつになく低い声で言うと「では、事のあらましを発端から順を追ってお話しましょう。末広町の洋食店『五灯軒』でパン作りの腕を振るっていた青年が、少し前に謎の言葉を残して行方がわからなくなりました……」と「謎」の中身を語り始めた。 「その『ファベルジェの卵』ですが……」  謎の説明が一通りなされた後、最初に口を開いたのは洋装に身を包んだ僧侶――実業寺の日笠だった。 「ロマノフ王朝から正式に注文された品であれば、時計を埋め込む作業をなにもこそこそする必要はないわけです。つまりその「卵」は皇帝一族に献上する「本物」ではなく、「本物」そっくりの紛い物だと考えられます。香田さんという方に仕事を依頼した連中は、本物そっくりに作ることで高く売れるとふんだのに違いありません」  日笠が一気に語ると、天馬が「なるほど、考えられますね」と間髪を入れずに頷いた。 「……であれば香田さんを雇った者たちの魂胆は、名だたる工房であるファベルジェを騙り古物商から大金を巻き上げようという物に間違いありません。わざわざ時計を埋め込もうとしたのは、何らかの理由で外に漏れた珍品という触れ込みで売るためでしょう。模造品であれば穴を開けることに心を痛める必要もありませんからな……どうです?」 「さすがは日ごろ人の心に触れることも多いご就職、深いところまで察しておられる。……ではその仕事を受けた香田さんの気持ちはどのようなものだったのでしょう?」  ホスト役のウィルソンが尋ねると、日笠は「そうですね」と宙を見つめた後「難しい依頼に答えることで己の力を感じたいという、職人の性ではないですかな」と言った。  日笠は自分の推理をひと通り披露し終えると「こんなものでいかがですかな」と満足げに締めくくった。
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