追想2-⑸

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追想2-⑸

「わかりやすい推理をありがとうございます……ええと」 「住職、ウィルソン様、次はあたくしが申し上げてもよろしゅうございますか?」  短い沈黙を挟んでそう声を上げたのは、袖の膨らんだドレスを着たウメだった。 「どうぞ、どんな推理を聞かせてもらえるか楽しみです」 「その香田様と言う方は、味気ない懐中時計に自分の手で何らかの装飾を施したいとかねてから思ってらっしゃったのではないかしら」 「ほう、これはまた踏みこんだ見方ですな」 「香田様は時計を作りながら、美しい芸術品を生みだすファベルジェ工房の技術を自分の物にしようと思われたのです」 「機械ではなく美の技術を身に着けることを望んだ……ということですか?」 「はい。皇帝陛下に献上するほどの美術品を作る力を手に入れれば今まで気を持たせてきた早智さんに素敵な贈り物ができると考えたのでございます」  流介はウメの思いもよらない推理に、思わずううむと唸った。 「気を持たせた……と言われますと?」 「初めて会ってから既に数年が過ぎているとのこと、今まで素っ気ない態度を取っていた自分を顧みてこれではいけないと思ったのです。彼にとってこれまでの後ろめたさを埋める方法は、皇帝陛下への献上品にも勝る世界でただ一つの美術品を作ることだったのです」 「……なるほど、もしウメさんの推理が事実なら、本来の仕事を放りだして姿を消す理由になりますな」  ウィルソンが顎を撫でつつ頷くと、ウメは満足げに「あたくしの推理はここまででございます」と締めくくった。 「ふむ……では私はひとつ、誰も踏みこんでいない謎の露西亜人たちについて語って見るとしますか」  最後になったウィルソンはそう前置くと、一同を「いいですかな」とでも言うように見回した。 「まず私が興味を惹かれたのは、時計を盗んだ「見知らぬ女」であります。さきほど似顔絵を拝見しましたが、どうも露西亜人の女であるように思われます」  ウィルソンが自信ありげに言うと、日笠が「ほう、露西亜人女性ですか」とテーブルに広げられた似顔絵に目を落とした。 「彼女がこの事件の隠れた大将であるとするならば、その目的はたぶん日本産の『ファベルジェの卵』をこしらえ欧州にその価値を認めさせることにあると思われます」 「日本産の『ファベルジェの卵』だって?」  流介はウィルソンの突飛とも言える推理に、思わず声を上げていた。 「はい。欧州では今、ジャポニスムと言って日本の美術が大層もてはやされているのです」 「そういう話は何となく、聞いたことがあります」 「既にモネなどの画家が日本の浮世絵などに影響を受けており、英国では日本の陶器や置物と言った工芸品への人気が高まっています。倫敦(ロンドン)のリバティ百貨店では日本風の家具なども売っていると聞きますし、同じ倫敦には日本村と呼ばれる日本の物品を売る小屋が並ぶ地区もあるようです」
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