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追想2-⑹
「つまり、「見知らぬ女」が率いる連中は日本製の『卵』を欧州で大々的に売りだそうとしている――そういうことですか?」
「その通りです。例えば漆を用いた蒔絵のような『卵』なども可能でしょう。つまり、露西亜の美術と瑞西などの機械技術、そして日本人の繊細さをこの匣館の地で一つにまとめ、本家であるファベルジェ工房に気づかれぬうちに人気商品を次々と世に出すことが「見知らぬ女」の目的なのです」
「では、香田さんは……」
「できればこのまま専属の職人として露西亜かあるいは仏蘭西、英国といった欧州の国に連れて帰ろうと考えているのではないでしょうか」
「そんな……早智さんはどうなるのですか。それに「見知らぬ女」が仮にそのようなことを企てたとしても、肝心の香田さんが首を縦に振らないことには実現しないでしょう」
ウメが珍しく強い口調で異論を述べると、ウィルソンは「その通りです。……しかし」と難しい顔で頷いた。
「もし「見知らぬ女」が裕福な家の出で、エカチェリーナのように美術品を好む女性だったとしたら、目的に適う能力を持つ男を探すためだけに部下を引き連れて匣館に来たということも考えられます」
「つまり「卵」のためというより、香田さんを手に入れるのが目的だと?」
「ええ。だとすれば香田さんのことも自分の国に連れかえって夫、あるいは男娼のような愛人にするつもりでいるのかもしれません」
「大変。いそいで助けださなくてはいけませんわ」
すっかりウィルソンの推理に呑みこまれたウメが顔色を変えて言うと、「その心配は無用だと思います、ウメさん」とおもむろに安奈が宥め始めた。
「どうしてそう思うんですの?」
「私、この似顔絵を見ながらウィルソンさんのお話を聞いて思ったんです。まるで『アンナ・カレーニナ』だなって」
「アンナ・カレーニナ……」
「ロシアで今、とても読まれている小説です。私は知り合いの露西亜人から内容を教えて貰ったのですが、欲望のままに振る舞うことは最後に不幸を招くというお話のようです」
「では「見知らぬ女」が何かを企んだとしても、香田さんはそれには従わないと?」
「はい。私はそう思います」
安奈がきっぱりと言うと、ウメはやっと安心したというようにいからせていた肩を下ろした。
「さて、これで全員の推理が揃ったようです。いつものように合図をしたら、最も納得のゆく説を披露した方を指で示していただきまず。それでは一斉に……どうぞ」
ホスト役であるウィルソンがそう声をかけると、ウィルソンがウメに、それ以外の二人がウィルソンを指で示した。
「……どうやら今回の推理は、私の説をもって正解とすることになったようですね」
ウィルソンはいくぶんはにかむように言うと、えへんと咳払いをした。
「それでは一日も早く香田さんが『五灯軒』と早智さんの元に戻られるよう、皆で祈ろうではありませんか」
ウィルソンがそう締めくくると、いつもよりやや人数の多い例会のテーブルに拍手が起こった。
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