追想2-⑺

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追想2-⑺

「話が違うじゃないか」  流介が数日ぶりに香田国彦の姿を目撃したのは、牧場の中ではなく牛乳屋の店先でだった。  腕を掴まれ自由を奪われた国彦は、血走った目で二人の露西亜人を睨み付けていた。 「あんたたちに頼まれた「仕掛け」は作ったし、使い方も紙に書いておいたはずだ。後はどう使おうとあんたたちの自由だ。いいかげん僕を自由にしてくれ」 「そうはいかない。ちゃんと動くかどうか「計画」が実行されるまで付き合ってもらう」 「馬鹿な。あれは一度試しか試せないんだ。失敗したら不運だったと諦めてくれ」 「じゃあ失敗した時のために、もう一つ作ってもらおう」 「お断わりだ。 ……それより腕を離したまえ。おまわりを呼ぶぞ」 「好きにすればいい。騒ぎになったらあなただって困るはずだ」  流介が仲裁に入るべきか否か、決めあぐねていたその時だった。 「☓☓☓☓?」  ふいに国彦を掴んでいた露西亜人二人がきょろきょろし始めたかと思うと、国彦と露西亜人の周囲を四人ほどの黒い外套を着た日本人が取り囲んだ。 「卵を寄越せ」 「ここにはない」 「ならばその男を離して失せろ」  外套の男の一人が持っていた杖の継ぎ目をずらした瞬間、露西亜人たちは舌打ちし何やら悪態をついた。おそらく仕込み杖か何かの「武器」をちらつかせたのだろう。 「行け」 「☓☓☓!」  露西亜人たちは国彦の腕を離すと身を翻し、いずこともなく走り去った。 「香田君、ご苦労だった。後は我々に任せておけばいい。 ……さあ、一緒に来たまえ」 「僕にもう一個「卵」を作らせる気か」 「そうだ。もともとはそういう約束だったのだ。その約束を露西亜の連中が強引に破った」 「待ってくれ、あいつらは急いでいるようだが、あんたたちは違う。『えぞぱぶり』が動き出すのはもっと仲間を集めてからという話だったんじゃないのか」 「準備をしておくに越したことはない。便利な物は多ければ多いほどいいのだ」 「まずはパンを焼かせてくれ。仕事が溜まっているんだ。オーナーにも謝らなくちゃならない」  流介は必死で説得を試みる国彦と、聞く耳を持たない男たちを見ているうちにいてもたってもいられなくなった。もう見て見ぬふりはできない。  流介が「やめたまえ、それ以上野蛮な振る舞いをする気なら、おまわりを呼ぶぞ」と叫ぶと、外套の男たちが一斉に流介の方を向くのが見えた。 「誰だお前は」 「その男性の知り合い……新聞記者だ」 「新聞記者だと?」  流介が名乗りを上げると国彦の腕を掴んでいる二人が奥へと引っ込み、残った二人が一歩前に進み出た。 「怪我をしたくなければ、そのまま後ろを向いて帰るんだな」  流介の前に立ちはだかった二人はそう言うと、仕込み杖の継ぎ目から光る刃を見せた。  
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