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追想2-⑻
――よもやこんなところで立ち回りはすまい。が、だからと言って下手に動いて怪我をしては元も子もない。どうしたものか……
流介が上手くこの場を収めるやり方はないものかと考え始めた、その時だった。
「――記者殿、助太刀いたす!」
鳴事の世とは思えぬ見栄が後ろで聞こえたかと思うと、見覚えのある人物が流介を押しのけて姿を現した。
「――箱部さん!」
着流しにざんばら髪、木刀か竹光らしき棒を携えた男――箱部紅三郎は「下がれよ記者殿」と時代がかった口調で言うと、流介を後ろに追いやった。
「ふん、怪我をしたいようだな、侍気取り」
二人の外套男が仕込み杖の刃をこれ見よがしに光らせた瞬間、紅三郎の棒が目にもとまらぬ速さで二人の杖を次々と叩き落していった。
「――ぎゃっ」
「――ぐあっ」
男たちは手首を押さえてうずくまると、憎々し気に紅三郎の方を見た。
「どうした悪党ども。光る物を仕込んできた割には、動きが鈍いな。俺は人を斬ったことも帯刀したこともないが、棒術と杖術を多少齧っている。立ち回りはむしろ得手なのだ」
紅三郎がそう言って棒の先をうずくまっている二人に向けた、その直後だった。いきなり男たちが立ちあがったかと思うと、懐から黒光りする不穏な物体を取り出した。
「わっ、なんと。飛び道具とは卑怯なり」
二人が取り出したのは、拳銃だった。二つの銃口をつきつけられた紅三郎は棒を持つ手を上げることもできずその場で固まった。
「う、うぬぬ……」
流介はいよいよ手詰まりであることを確信した。拳銃は二丁ある。流介と紅三郎、どちらが動いても男たちの的になるに違いない。男たちが銃口をこちらに向けたまま、勝ったような笑みを浮かべたその時だった。
「そそそそこっ、どいてくださあいっ」
突然、切羽詰まった声が飛んできたかと思うと、ざざざあっという音と共に一台の自転車が男たちの間を割って飛びだしてきた。
「――うっ、痛いっ」
自転車がそのまま行き過ぎると、男たちの手に紅三郎の棒が隙を逃すまいとばかりに振り降ろされた。
「飛田さんっ、ご無事ですか?」
いきなり名前を呼ばれ振り返ると、自転車を下りて近づいてくる美青年――天馬の姿が混乱する流介の目に飛び込んできた。
「いや、ご無事も何もなぜ自転車で……」
流介が天馬に向けて問いかけた瞬間、今度は逆の方向から「天馬ではないか!」という紅三郎の大きな声が飛んできた。
「……やあベニー、久しぶりだね」
天馬は懐かしそうにそう言うと、紅三郎に向かっていつもの無邪気な笑みを投げかけた。
「ぬぬぬ天馬、ここで会ったが百年目。潔く俺と勝負しろ」
「勝負ってなんだいベニー。昔から将棋でも駆けっこでも勝ったことがないじゃないか」
「ええい何でもいい、とにかく勝負だ天馬」
「参ったなあ、僕は今忙し……あっ、飛田さん、あの人たち逃げて行きますよ。追わなくていいんですか?」
天馬の声に流介は、男たちの方に改めて目を向けた。国彦を縛めていた男たちは既にいずこともなく姿を消し、拳銃を拾った男たちも往来の奥へ去りかけていた。
「ああっ、不覚。国彦さんを連れ去られてしまった」
流介が嘆くと、紅三郎が「銃にひるんだ私の油断。かたじけない」と頭を下げた。
「いや、箱部さんのせいじゃありませんよ。僕を助けてくれたじゃありませんか。 ……それより、天馬君と知り合いなんですか?」
「天馬とは互いに腕を競い合う仲。ひとたび会えば勝負は避けられぬ永遠の宿敵なのです」
「相変わらず大げさだなあベニーは。悪いけど、勝負は謎を解き終わってからにしてよ」
天馬はのんびりした口調で言うと、立てかけてある自転車の方に歩き始めた。
「天馬君、そんな物どこで手に入れたんだい」
「英国の貿易商から買ったんですよ。乗り回せたら便利だろうと思ってね」
楽しげに自転車を押してやってきた天馬に、流介は「そんなこと言ってる場合じゃないぜ天馬君。国彦さんが、また怪しい連中に連れ去られてしまった」と言った。
「そうみたいですね。いよいよ事件も大詰めです。国彦さんを取り返す策を練りましょう」
天馬はぽかんとしている流介たちに笑いかけると「洋菓子でも食べながらね」と言った。
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