追想2-⑽

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追想2-⑽

「僕が考える最も確実な方法は、露西亜の連中と『えぞぱぶり』という日本人の集団をぶつけてその隙に香田さんを救出するという物です」  天馬はテーブルが片付くと、流介たちを前にそう言い放った。 「そもそも天馬君、どうして僕らが直接香田さんを助けださなきゃならないんだい?それこそ兵吉さんたちの仕事ではないのかな」  流介が問いを口にすると、天馬は無言で頭を振った。 「この問題は大きすぎて警察では取り締まれないし、もちろん僕らに解決できるものでもありません。僕たちにできることは騒ぎに乗じて香田さんを助けだすことだけなのです」 「助けだすと言っても……」 「露西亜人と日本人、二つの集団があってそれぞれ香田さんを手に入れたがっているのなら、その騒動の元である香田さんそのものを奪ってしまえばいい。救出と言うと大袈裟ですが、ようは彼が脱走しやすくする手助けをするということなのです」 「君は詰まった物を取るように簡単に言うが、何の訓練も受けていないのにどうやって成功させるんだい?」 「基本的には、露西亜人たちが香田さんを取りもどそうと動いた時を狙います」 「つまり後をつけるってことかい?」 「そうです。彼らは『えぞぱぶり』の本拠地を知っているはずです。うまく香田さんが囚われている場所を突き止めたら、あとは僕が用意した目くらましの小道具を使って敵も味方もわからない状態にするだけです」 「そりゃあ危険すぎるよ天馬君。露西亜人だろうが日本人だろうが見つかった途端、捕まるか殺されるかするんじゃないか?」  流介が片手で拳銃を構える真似をしてみせると、天馬は「我々が敵に顔を見せるのは、香田さんを助ける時だけです。それまでは忍びのようにひたすら物陰を渡り歩くのです」と言った。 「やれやれ、盗人の次は忍者かい。もう後ろから狙われるのはごめんだよ」  流介は牧場で謎の攻撃を受けた時のことを思い出し、ひとしきりぼやいてみせた。 「どうってことありません。慣れですよ。当たらなければいいんですから」  流介は呆れて返す言葉が出なかった。確かに当たらなければどうってことはない。が、逆に言うと当たったら最後、蕎麦屋に行くことも洋菓子を食べることもできなくなるのだ。 「やれやれ。で、なにをどうすればいいんだい」 「ハリストス正教会の近くに小麦の倉庫があったのを覚えていますか?おそらくあそこが露西亜人たちの本拠地です」 「あの倉庫が?」  流介ははっとした。そう言えばあの時、石造りの倉庫から現れたのは刹那の似顔絵にあった「見知らぬ女」だった。 「彼らが小麦倉庫を出て『えぞぱぶり』に向かう時を狙って追跡するのです。香田さんの取りあいをしている彼らが『えぞぱぶり』の本拠地を知らないはずがありませんからね」
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