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そうこうしている内に、先導の騎馬が「止まれ」と号令をかけた。ミオカの馬車もピタリと停止する。
目的地に着いたのかも知れない、と気持ちを引き締めていると、コンコンと扉をノックされた。
「王子殿下がお出迎えになっています。王女殿下におかれましては、ぜひご挨拶を」
「分かったわ」
ニーナに目配せする。頷いた彼女が先に馬車を降りて、ミオカは彼女の差し出した手を支えに、王女らしく優雅に下車してみせる。
辺りの風景に目を向けて――。
(あれ? この景色……)
中央に噴水がある、石畳の丸い広場。その奥に、低い石垣に囲まれた白い城と、爽やかな青空。
(見たことあるような……待って、これってまさか)
前方から歩いてくる人影に、ミオカはハッと我に返った。紺色の仕立てのいい服をパリッと着こなした、銀色にも金色にも見える髪の青年――。
「えっ、ジークムント?」
青年が足を止めた。ざわめく双方の同行者。一拍経って、ミオカはようやく自分の失言に気づいた。
(ごめんなさいお父様、ランドルフお兄様。早速やらかしてしまいました)
他国の王族をいきなり呼び捨てにするなんて、大失態もいいところだ。
だが、それより。
そんなことより。
彼が『ジークムント』だと認識した瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。思い出したのだ。ミオカは前世で日本人だったこと、この風景は前世でプレイしたゲームの背景だったということを。
(じゃあ、私はいわゆる転生者……でも、この状況、一体何がどうなってるの?)
ミオカが青年を見守っていると、彼がさらに三歩近づいてきた。軽く立礼をされる。
「いかにも、私は第一王子のジークムント・ファン・バナムードです。お目にかかれて光栄です、王女殿下」
「大変ご無礼いたしました。リヒターベン王国が王女、ミオカ・フォン・ハイデンルートです」
今さら取り繕っても遅いかも知れないが、ミオカはドレスをつまんで、やりすぎなほど丁重にお辞儀した。
「頭を上げてください。まずは、長旅でお疲れでしょう。部屋まで案内させてください」
「ご厚意に感謝します」
(殿下、目が怖いです……)
ジークムントが待たせていた自身の馬の方へ歩き出すと、ミオカはそそくさと馬車に乗り込んだ。ニーナが後に続く。
「どうしちゃったんですか、ミオカ様? 急に王子殿下の名前を呼ぶなんて、肝が潰れるかと思いましたよ」
いつもならニーナの小心をからかうシーンなのだが、今度ばかりはその余裕がないくらいには動揺していた。ミオカは一度、ゆっくり深呼吸をした。
「ねえニーナ。この先、私はもっと変なことを言ったりしたりするかも知れないけど、ついてきてくれる?」
一瞬キョトンとしてから、ニーナはパッと笑顔になった。
「ミオカ様はもう十分、変な方ですよ。私のような侍女と親しく接してくださるんですから。一生ついていきますので、安心してください」
「ありがとう。でも、一言余計よ?」
二人は馬車の中でクスクスと笑い合った。幼い頃から一緒に過ごしてきた彼女がいれば、きっと大丈夫――。
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